スタニスワフ・レム(沼野充義他訳)『完全な真空』

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架空の本の書評集。ひとつだけ例外的に実在する本の書評が含まれていて、それはほかでもないこの『完全な真空』の書評だ。その自虐的な手厳しさは別として、この中で本書の内容が的確に紹介されている。ひとつ謎なのが、『テンポの問題』の書評についての言及で、それは本書には収録されてない。本書の別バージョンが存在してそれに対する書評という体裁をとろうとしたレムの悪戯心かもしれない。

この自己言及的な書評によると、収録されている書評の対象は3つのグループに分けられる。

  • パロディ、模倣作品、および嘲笑
  • 大作の草案
  • 学術分野の論文

最初のグループで一番おもしろそうと思ったのは『ロビンソン物語』だ。ロビンソン・クルーソーのパロディーで、孤島に難破して、想像の中で仲間を作り出そうとする男が陥る陥穽を描いている。

二番目のグループでは『親衛隊少将ルイ十六世』。ナチの将校が南米の奥地に逃れて仲間とともに、三文小説から得た知識をもとに、絶対王政下のフランス宮廷を再現しようとする。もちろん自分自身が国王だ。これはマジで読みたい。

最後のグループでは、『我は僕ならずや』が一番センスオブワンダーを感じた。ゴンピューター上の人工的な知性が繰り広げる神学論争を論文化したものだ。この場合の神は、この論文を書いた著者ということになる。イーガンあたりが実際に小説にできそうだ。

とはいえ、どの作品も、おそらくは、本編が存在したとしても、書評以上におもしろくはなかったはずだ。

★★