読書ノート

ヴィアン(野崎歓訳)『うたかたの日々』

フランス文学には若干苦手意識を感じていたが、ミシェル・ゴンドリー監督による映画『ムード・インディゴ』をみて原作を読んでみたくなった。読んでみたら思ったより映画と同じで驚いた。原作は言葉遊びが多いが、それが一部映像の遊びに置き換えられているが、原作の幻想というか幻覚としか思えない視...

村上春樹編訳『恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES』

村上春樹の編訳による10の愛に関する短篇集。あまり名前をきいたことのない作家たちの作品を村上春樹が選んで訳した。ひとつは村上春樹自信の作品だ。前半はストレートなラブストーリーで、こういう奇をてらわないシンプルな作品も味わいがあってたまにはいいなと思っているところへ、後半はひねった...

ドストエフスキー(亀山郁夫訳)『悪霊』

鬼気迫るとしかいいようがない。ぼく自身悪霊にとりつかれたみたいに夢中になって一気に読んでしまった。『カラマーゾフの兄弟』よりこっちの方がパワフルで普遍的だ。 ロシア中西部のある地方で立て続けに起きた惨劇のそもそものはじまりから順を追って語られる。語り手は無個性的で穏健さがとりえのG...

タブッキ(和田忠彦訳)『夢のなかの夢』

20人の有名な作家、詩人、画家、音楽家がその人生の中でみたのではないかと思われる夢を数ページの掌編した作品集。みているのはそれぞれの人生を凝縮したような夢だ。だからそれは夢であると同時に伝記ともいえる。たとえばアルテュール・ランボーは切断された片足をかかえながらパリ・コミューンを...

オルダス・ハクスリー(黒原敏行訳)『すばらしい新世界』

ディストピアマニアとしてはこの作品を読まないままにしておくわけにはいかない。本屋で何気なく探したらちょうどこの新訳がでたばかりというタイミングのよさだった。同じディストピアものでもオーウェルの『1984』とは対極的、こちらは主観的にははるかに楽しい世界だ。 人間は完全な人工受精が可...

レイモンド・スマリヤン(高橋昌一郎訳)『哲学ファンタジー』

スマリヤンといえばぼくの中では数学パズルの人だけど、この本のテーマは哲学。認識と存在、生と死、魂の永遠性など哲学の定番テーマを、スマリヤンならではの論理的明晰さ、手品でも見ているような意外性、そしてユーモアあふれる筆致で描き出した哲学エッセイ集。半分くらいは複数人による対話形式な...

原田裕規編著『ラッセンとは何だったのか? ─消費とアートを越えた「先」』

まず、ぼくにとってのラッセン的なものとの出会いを語っておく。繁華街を歩いていると、若い女性が通行人に何か手渡そうとしていて、そのとき風邪をひいていたぼくはとっさにティッシュだと思い手をのばすと何かチケットのようなもので、今展示会やっているから中に入れという、その展示会というのがア...

レイ・ブラッドベリ(小笠原豊樹訳)『刺青の男』

1951年出版。SFの古典中の古典。何をいまさらという感じだが多分未読。新装版のカバーにひかれて買ってしまった。偶然会った全身刺青の男の背中を見ながら野宿していると、背中の絵が物語を語りはじめるという趣向の18編からなる短編集。書かれた時期からしてもうそんなにセンス・オヴ・ワンダ...

阿古真理『昭和の洋食 平成のカフェ飯 家庭料理の80年』

昭和から現代にかけて、雑誌、レシピ本、映画、ドラマ、小説、漫画の中に描かれた家庭料理の変遷を追いかけてゆく。 昭和といっても戦前についてはプロローグで軽く触れられるだけだ。本編は戦後からはじまる。第一章は昭和中期、昭和20年から50年まで。高度成長期で総中流意識が浸透し専業主婦が一...

ジェーン・オースティン(中野康司訳)『ノーサンガー・アビー』

ジェーン・オースティンの残した6つの長編小説はどれも恋愛と結婚がテーマで、もちろん実質上の処女作であるこの作品も例外じゃない。 主人公キャサリンは17歳の少女と書きたくなってしまうが、この作品が書かれた1800年前後のイギリスではふつうに結婚適齢期だったらしい。片田舎で出会いのない...

フェルナンド・ペソア(澤田直訳)『[新編]不穏の書、断片』

なぜか今年ペソア関連のイベントや出版が立て続けにあって、といってもぼくが知る限りそれぞれひとつずつではあるが、それでもすごいことで、ペソアを題材にした演劇が上演され、本書が平凡社から刊行されたのだ。ぼくは、演劇をみにいって、もちろん本書も購入した。 大きく二部構成。前半はペソアの著...

浅羽通明『ナショナリズム——名著でたどる日本思想入門』

ぼくには心情的にナショナリズムはわからない。といっても、そういうぼく自身を含めてほとんどの人はコスモポリタン的には生きられないわけで、この国という単位に特別な関心をもつのは当然のことだし、必要なことでもある。広い意味でそれを「ナショナリズム」と呼んでもいいはずで、そういう意味でぼ...

ガウラヴ・スリ&ハートシュ・シン・バル(東江一紀訳)『数学小説 確固たる曖昧さ』

ルイス・キャロル的あるいはポストモダン的なものを期待して手に取ったが、物語や語り口はきわめてオーソドックス。というよりそれは主役ではないのだ。主役は、数学、そして真理が果たして存在するのかという中二病的な問、この二つだ。 数学に関しては、興味を持ちながらも今まで学ぶ機会がなかった(...

フランク・オコナー短編集

何を隠そう、この著者に注目したわけはフラナリー・オコナーと名前が似ているからだ。それによってフラナリー・オコナーの名前もぼくの記憶に強く刻み込まれることになったので、見事な連係プレーにお見事というしかない。とはいっても、この二人は、名前からわかるように性別はちがうし、生まれた年と...

柴田元幸『翻訳教室』

数え切れないくらいの本を翻訳されてぼくもさんざんお世話になっている翻訳家にして大学教授の柴田元幸さんが、東京大学でおこなった翻訳演習の授業を本としてまとめたもの。授業は、文庫本にして1ページから2ページくらいの課題の英文をあらかじめ学生たちが訳してきて、それをベースに教師と学生た...

福永信『一一一一一』

6編からなる連作短編集といってよいのだろうか。『一二』、『一二三』、『一』、『一』、『一』、『二一』という奇妙なタイトル、しかも3,4,5番目は同じタイトル(タイトルといえるなら)だ。 たとえるならまだ何も書かれていない本のページのような真っ白で空虚な空間で、「語り手」と「主人公」...

西崎憲編訳『短編小説日和 英国異色傑作選』

英国の小説家20人の短編小説を一編ずつ集めたアンソロジー。掲載順に名前と生没年を列挙すると、ミュリエル・スパーク(1918-2006)、マーティン・アームストロング(1882-1974)、W.F.ハーヴィー(1885-1937)、キャサリン・マンスフィールド(1888-1923)...

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

発売早々に読んだ人たちの感想は酷評に近いものが多かったが、ぼくはかなり楽しめた。前作『1Q84』より10倍以上好きな作品だ。 自称平凡で特徴がなく空虚な男多崎つくるは高校生のとき4人の同年代の仲間と一体感に満ちた友情を結ぶが、二十歳のとき、突然仲間から追放されてしまい、しばらくの間...

鈴木謙介、長谷川裕、Life Crew『文化系トークラジオLifeのやり方』

生ける伝説といっていいようなラジオ番組文化系トークラジオLifeの二度目の書籍化。最初の書籍が番組がはじまって1年目くらいだったのでいわばLifeの春、今回は6年ちょっとたち、番組がこれまでの月一深夜から、二ヶ月に一回へと変化する節目とかぶることになったので、Lifeの秋といった...

P・D・ジェイムズ(羽田詩津子訳)『高慢と偏見、そして殺人』

1920年生まれの女性ミステリー作家P・D・ジェイムズによる、ジェーン・オースティン『高慢と偏見』の後日談をミステリーに仕上げた作品。原題は “Death Comes To Pemberly”。結婚から6年後、二人の男の子に恵まれ広大なペンバリー館で不自由なく暮らすエリザベスとダーシー。しかし舞...