読書ノート

レイモンド・カーヴァー(村上春樹訳)『ビギナーズ』

カーヴァーにしては分厚い本だなと思って手にとった。その分厚さには本編だけでなく編集者によるノートも寄与していて、それによると、既刊の『愛について語るときに我々の語ること』という短編集は編集者ゴードン・リッシュによる大胆なカット(分量が全体として半分以下になりタイトルも変えられてい...

エイモス・チュツオーラ(土屋哲訳)『やし酒飲み』

やし酒を飲むことだけしか能がないという主人公。彼のために一日に200タル以上の酒をつくってくれたやし酒造りが不慮の事故で死んでしまい、困った主人公は、死者が天国に行くまでの間住むという町まで彼を探しに旅立つ。突然自分のことをこの世のことならなんでもできる神々の<父>だとか言い出し...

R. A. ラファティ(伊藤典夫、浅倉 久志訳)『昔には帰れない』

『九百人のお祖母さん』に続いて同じハヤカワから刊行されているはずの『つぎの岩につづく』を読もうと思っていたが、どこの本屋にも見あたらずいつの間にか絶版になっていたらしい。がっかりしているところにこの短編集が出た。『九百人のお祖母さん』は初期作品がメインで、通俗的な作品が多いという...

齋藤慎一『中世から道を読む』

中世とはいうけど戦国時代が中心。鎌倉幕府滅亡〜江戸幕府誕生くらいまで。ロマンをかきたててくれるタイプの本じゃなく、この時代の関東周辺の「道」の実情について書簡、文献、遺跡等からわかることを地道に解き明かしていく。たとえば、この時代は川に橋がかけてなくて(あっても舟橋とよばれる舟を...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『大いなる眠り』

村上春樹が訳すチャンドラーもとうとう四冊目、これで長編の過半数が彼によって訳されたことになる。ずいぶん昔に創元推理文庫版双葉十三郎訳で読んで、ほかは全部ハヤカワなのになぜこれだけ創元なんだろうと思った記憶があるが、これはハヤカワから出ている。翻訳権がハヤカワに移管されたそうだ。 そ...

キース・ロバーツ(越智道雄訳)『パヴァーヌ』

エリザベス一世が1588年に暗殺されたことによってローマカトリック教会が力を盛り返しそのまま20世紀後半まで西側世界や新大陸を支配し続けたらという歴史改変SF。イングランド南西部のドーセット地方を舞台に、この小説が書かれた1968年から4世代に渡る年代記的に物語は展開する。 この物...

『フラナリー・オコナー全短編(上・下)』(横山貞子訳)

たぶん、フラナリー・オコナーの作品を読む前に彼女の人生について知っておいた方がより理解が深まると思う。キーワードは3つ。「アメリカ南部」、「カトリック」、「病気」。 1925年アメリカ合衆国南部ジョージア州に生まれた彼女は学業のため東部に移り住んだ数年間をのぞいてはジョージア州で暮...

古川日出男『MUSIC』

東京と京都、二つの都を舞台に、天才猫スタバの軌跡を追う物語。 MUSICだから音楽のボキャブラリーでいうと、複数のモチーフ(主人公たち)が短く切り替わりながらの序奏がかなり長いこと続く。なかなか身が入らずついついゆっくり読み進んでしまったが、それでいいことは何もない。一気呵成に読み...

平田オリザ『演技と演出』

新刊の『わかりあえないことから』を買おうと思って書店にいったのだけどこちらを選んでしまった。というのも映画『演劇1』をみて、平田オリザの一見そっけない演出スタイルのどこから舞台の上のリアリティがうまれるのか謎だったのだ。 イメージを共有する難しさ。演出家がもっているイメージを観客に...

ジョン・スコルジー(内田昌之訳)『アンドロイドの夢の羊』

原題は “The Android’s Dream” だが、「アンドロイドの夢」というのは羊の品種の名前なので、邦題についている「羊」は余計というわけでもない。「羊」がついてもこのタイトルがP. K. ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』へのオマージュなのはすぐわかる。だからこそ手に取ったわけだ。内容もディック風の幻...

村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011』

19のインタビューのうち13が海外メディアのインタビューというところが特徴的。村上春樹「作家はあまり自作について語るべきではない」と思っていて、平凡な人間である自分自身に対して出なく作品の方に興味を持って欲しいといっている。ただ、海外に対してはある種の責任感を感じるらしく、比較的...

速水健朗『都市と消費とディズニーの夢——ショッピングモーライゼーションの時代』

『思想地図β Vol.1』の特集の著者執筆パートの拡大版。経済効率の重視や市場原理の徹底によって都市の公共機能が変化し、都市がショッピングモールと一体化していく「ショッピングモーライゼーション」(著者の造語)という現象について書かれている。 第一章は、都市とその中の公共施設の変化につ...

ケラリーノ・サンドロヴィッチ『消失/神様とその他の変種』

1998年以降のナイロン100℃の本公演は再演をのぞいてすべてみているので、当然この二つの戯曲も初演時に舞台でみている。『消失』は2004年、『神様とその他の変種』は2009年。特に『消失』の方はすごい傑作だったという印象が強く残っていた。ところが、細部どころかあらすじすらまった...

コルタサル短編集(木村榮一訳)『悪魔の涎・追い求める男』

本書に所収されている『南部高速道路』という短編を長塚圭史が脚色・演出している芝居をみて、とてもよかったので、原作を読もうと思って手に取った。 初期の作品から後期の作品まで幅広くとりあげられているようだ。コルトレーンを彷彿とさせる破天荒な天才サキソフォンプレイヤーを彼の伝記作者にして...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『ブルックリン・フォリーズ』

大病から回復したばかりで家庭も仕事もなくした初老の男性ネイサンが終の住処を求めてニューヨークのブルックリンで暮らしはじめる。あにはからんや、彼は色々な人々と出会い、これまでにない経験を重ねる……。 一貫して偶然という神によってはりめぐらされた糸の精緻さと鋭い鎌の一撃を描いてきたオー...

スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸訳)『ナイフ投げ師』

子供のころ地面に落ちていた色とりどりの石を拾って宝物のように思ったりしたけど、一編一編がちょうどそんなきれいな小石みたいな短編集。内容も文体もふにゃふにゃしてない。硬い。硬質。物語は物語られない。博物館みたいに物語はガラスケースの中におさまっていて動かない。 『夜の姉妹団』は柴田元...

町田康『宿屋めぐり』

町田康の文章を読んでいると知らず知らずニタニタしてしまう。700ページ以上読み切る間ニタニタし通しだった。さすがにラスト近く、あまりにグロい描写が連続するあたりはそのニタニタも凍りついたが、それもやがて突き抜けた爽快感に変わる。 主の命で燦州大権現(おそらく金刀比羅宮がモデル)に守...

チャイナ・ミエヴィル(日暮雅通訳)『ペルディード・ストリート・ステーション』

『指輪物語』でトールキンが中つ国という世界を創造したように、この作品の中でも、人間を含む様々な種族が暮らし、別の力が支配する世界が創造されている。邦訳が上下巻あわせて1100ページ以上と分厚いのはこの世界の描写に紙幅が費やされているからだ。 人間の他の種族としては、身体は人間で頭部...

古川日出男『LOVE』

ぼくの中で古川日出男の作品は、好きな作品、嫌いな作品わりとはっきりわかれている。『サマーバケーションEP』は時折読み返したくなる作品のひとつだが、『聖家族』とか『ハル、ハル、ハル』は苦手だ。この本は読み始めてすぐに好きな作品に仲間入りしていた。そして、この二つのグループで何がちが...

マルセル・セロー(村上春樹訳)『極北』

文明崩壊後の極北地域を舞台に主人公メークピースの遍歴を描いた作品。類似のモチーフを扱ったコーマック・マッカーシー『ザ・ロード』みたいに徹底的なシビアな極限状況ではなく、その一歩か二歩手前。だから主人公には自由度があり、ストーリー展開が意外性に満ちている。ストーリーにひきこまれる反...