読書ノート

佐藤春夫『田園の憂鬱』

『美しき町・西班牙犬のいる家』を読んだ直後くらいに読もうと思っていたのだが、なかなか置いている本屋がなくて一年近くたってしまった。 作者の佐藤春夫自身とおぼしき神経衰弱気味の男が癒しをもとめて、東京近郊の農村に妻と犬猫ともども移り住むが、かえって状態が悪化して、妙な幻聴が聞こえたり...

アラン・ワイズマン(鬼澤忍訳)『人類が消えた世界』

人類が今突然あとかたもなく消え失せたら、地球はどう変化するのだろう?都市は速やかに崩壊し、地表はほとんど森に覆われる絶滅寸前の動植物も息をふきかえす。本書の冒頭で予言されるそんな情景を思い浮かべると、感傷と安堵がいりまじったような複雑な気分になってくる。 しかし、本書のトーンは人類...

佐々木敦『ニッポンの思想』

佐々木敦さんのことを知ったのは、TBSラジオで毎月一回深夜に放送されている文化系トークラジオ Lifeという番組がきっかけだった。サブパーソナリティーとして番組に出演していて、ラジカルで鋭い話しぶりにすごい人だと思っていたが、たまたまこれまで著書を読む機会がなかった。基本的に音楽、...

稲葉振一郎『社会学入門―"多元化する時代"をどう捉えるか』

社会学といえば、学生時代ほとんど出席せずに、試験で、タイムパラドックスが存在しないタイムトラヴェルの原理について書けとかいう問題に、解答を書いて、単位をもらったことをよく覚えているが、ちゃんと勉強しておけばよかったなと後悔しきりだ。 本書は、大学の一年生向きに社会学というのはどうい...

古川日出男『ルート350』

帯に「初の短編集」と書いてあって、そんなことないだろうと思ったが、そういわれてみればいわゆる短編小説は読んだことがないことに気がつく。というか、なんとなく、ぼくは古川日出男の小説をさんざん読んだ気がしているが、実はまだ数冊しか読んでないのだった。 ほとんどの作品の主人公が小学校高学...

入不二基義『相対主義の極北』

「真偽や善悪などは、それを捉える「枠組み」や「観点」などに応じて変わる相対的なものであり、唯一絶対の真理や正しさなどはない」という相対主義の考え方は、基本的には賛成なのだが、現実にはびこる相対主義は、単純な現状肯定だけならまだしも、差別、おぞましい悪習、虐殺を肯定する道具に使われ...

モンキービジネス 2009 Spring vol.5 対話号

70ページ以上にわたる村上春樹のインタビューが掲載されている(聞き手は古川日出男)。かなりフランクに話していて、村上春樹の創作の秘密というか、秘密なんて特にないということがよくわかる。 『風の歌を聴け」と『1973年のピンボール』はあまり気に入らなかった 肉体を健康に保つのは魂の不健...

村上春樹『1Q84』

日本語が母語でよかった。 上下巻でなくBOOK 1、BOOK 2 なのはひょっとして BOOK 3 がありうるということを示しているのではないかと思ったが、これは、小説の中で言及されるバッハの平均律クラヴィーアの構成を模倣しているためだった。平均律クラヴィーアは、24の前奏曲とフーガがメジャー、マイ...

コニー・ウィリス『犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』

文庫になる前、ハードカヴァーの本書をみつけて、読みたいとずっと思っていたのだが、消費税をいれるとほぼ3000円という価格に躊躇するうちに時間がたって、やがて、そろそろ文庫化されるんじゃないかという観測が首をもたげてきて、見送り続けてきたが、ここにきて文庫化されようやく根比べが終わ...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『さよなら、愛しい人』

村上春樹訳のチャンドラー第二弾。清水俊二訳は既読だが、気持ちいいくらいすかーんと忘れていた。 フィリップ・マーロウは、たまたまムース・マロイという巨漢が殺人をおかすところに遭遇する。彼は刑期を終えたばかりで昔の恋人ヴェルマを探していた。興味をもったマーロウは個人的にヴェルマのことを...

モンキー ビジネス 2008 Fall vol.3 サリンジャー号、2008 Fall vol.3.5 ナイン・ストーリーズ号

英米のコアな文学の潮流を紹介するとともに、日々それをヴィヴィッドな訳文にうつしかえている柴田元幸さんが責任編集をつとめる雑誌が発刊されたことにはすぐ気がついたものの、なかなかきっかけがなく、時間ばかり過ぎ去ってしまったが、サリンジャーときいて、ようやく手を伸ばした。伸びきるまでに...

フィッツジェラルド(永山篤一訳)『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

映画は未見だが、ミーハー心を発揮して、原作だけでも読んでおくかと手に取ったのだった。 生まれたとき老人で徐々に若返ってゆく男を描いた表題作は、自分の経験したことしか小説にできないといわれ続けたフィッツジェラルドにしては、想像力に富んだシチュエーションだ。たぶん、逆向きの人生をたどっ...

トーマス・マン(関泰祐・望月市恵訳)『魔の山』

『カラマーゾフの兄弟』を読んだときにも感じたが、古典がなぜ古典として残っているかというと、単純におもしろいからだ、ということがよくわかった。 時代は20世紀初頭、単純無垢なハンス・カストルプは結核で療養している従兄の見舞い方々、休息をとるためにスイス山中のサナトリウムに3週間の予定...

夏目漱石『草枕』

山路を登りながら、こう考えた。 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角にこの世は住みにくい。 という冒頭部分は、「棹さす」の意味が正反対に誤解されている(正しくは流れに乗るという意味)という話題を含めて、有名すぎるほど有名だが最後まで読み通した人はたぶんそ...

永井荷風『すみだ川・新橋夜話』

永井荷風は、独りで東京を歩き回った、いわばぼくの先達みたいな人なのだけど、山の手に生まれ下町にあこがれてさらにその先の場末に足を伸ばした荷風に対して、場末で生まれたぼくは山の手にあこがれてさらにその先の郊外を目指しているので、まるで方向が逆だし、荷風が愛した花柳界の風俗なんて封建...

H.D.ソロー(飯田実訳)『市民の反抗 - 他五編』

『森の生活(ウォールデン)』で名高いソローのエッセイを6編集めた作品集。 概念的に難しいことが書いてあるわけじゃないんだけど、古典の知識を駆使したレトリックがくせ者で、ソローの文章はついてゆくのに苦労する。話題と話題の間を一足飛びに駆け抜けたり、いつまでも同じところをぐるぐるまわっ...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『幽霊たち』

初めて読んだポール・オースターの本を再読。 開業したばかりの探偵ブルーのもとにホワイトという男が依頼をもちこんでくる。ブラックという男を見張り、必要がなくなるまで続けてくれという。簡単そうな仕事に見えたが。ブラックはほとんどアパートから外に出ず、本を読み、ノートに何かを書きつけてい...

古川日出男『聖家族』

すみません、て誰に謝っているかよくわからないけど、つまりはピンと来なかったのだ。この厚さ5cmの真っ赤な本が。だめな本というつもりはさらさらなく、これまでにない新しい世界が意欲的に描かれているのはわかりすぎるくらいわかる。でも、コアにあるものがぜんぜん届いてこなくてほんとうにもど...

ポール・オースター編(柴田元幸他訳)『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』

「物語を求めているのです。物語は事実でなければならず、短くないといけませんが、内容やスタイルに関しては何ら制限はありません」とポール・オースターがラジオで呼びかけて全米から寄せられた179の物語を集めたのが本書。 死、孤独、悔恨、恐怖、信じられない偶然、家族、恋愛、ユーモアなど物語...

海外詩文庫ペソア詩集 (澤田直編訳)

1888年に生まれて1935年に亡くなったポルトガルの詩人フェルナンド・ペソアの詩集(散文や書簡も含む)。今まで日本語で読めるペソアの本は数が少なくて、値が張るハードカバーばかりだったが、こういう形で手軽に入手できるようになってうれしい。 ペソアはさまざまな名前(異名と呼ばれる)を...