読書ノート

アルフレッド・ベスター(中村融訳)『願い星、叶い星』

日本で独自に編まれた短編集。どれも粒ぞろいの作品で訳もいい。 『ゴーレム100』の作者がどんな短編を書いているのかと思って読んだが、最後の『地獄は永遠に』をのぞいてはアンドロイド、タイムトラベル、地球の終末などをテーマにしたオーソドックスなSFだった。特に『イブのいないアダム』のラ...

『文化系トークラジオLife』

TBSラジオで放送されている(少なくとも個人的には)大人気番組「文化系トークラジオLife」を書籍化した本。基本的には放送された内容の文字起こしで、ぼくみたいに何度も何度もヘビーローテーションでpodcastingを聞き返した人間には既視感を感じる内容だったが、あらためて活字とい...

ジャック・ケルアック(福田実訳)『路上』

四度にわたりアメリカ全土(+メキシコ)を横断した破天荒な体験を、詩的で象徴的な文章で、小説としてまとめあげた記念碑的な作品だ。この作品を通してアメリカという国がもう一度発見されたのだ。 最初の旅は、路上をかけぬける爽快感と解放感に身をまかせていられたが、二度目以降は旅の疲れにおそわ...

多木浩二『肖像写真―時代のまなざし』

19世紀後半に活躍したナダール、20世紀前半のアウグスト・ザンダー、そして20世紀後半のリチャード・アヴェドンという3人の肖像写真家の作品を対比させながら、肖像になる人々の顔およびそれを撮る側の視線の変化をたどってゆく。 ナダールはパリにスタジオを構えて、主に高名なブルジョワジーの...

ジョセフ・ギース/フランシス・ギース(青島淑子訳)『中世ヨーロッパの都市の生活』

いわゆる暗黒時代からぬけだして中世文化が花開いた西暦1250年という年の、フランスシャンパーニュ地方のトロワという町における、人々の生活をさまざまな角度から描き出している。 トロワはいまでは人口6万人、パリから電車で一時間半のところにある郊外の小都市だけど、1250年には1万人とい...

荻上チキ『ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性』

Net News全盛の昔から、「炎上」というものには目がなかった。あっちのニュースグループが燃え上がっていれば行ってにやにや笑い、こっちでぼやがあがっていればおもしろいからもっとやれと心の中であおっていた。その当時は、「炎上」といっても穏やかなもので、燃え立たせているのは多くても数人で...

アルフレッド・ベスター(渡辺佐智江訳)『ゴーレム100』

アルフレッド・ベスターの名前すら知らなかったSFファンとしてはだめだめなぼくがいうのもなんだが、SFというジャンルの本質はまだみたことのないものをみせてくれるところにあると思う。ところが本書は、そう思っていたぼくですら度肝(って何だ?)を抜かれるほど斬新だった。 さまざまな引用、言...

ヘンリー・ジェームス(蕗沢忠枝訳)『ねじの回転』

ゴーストストーリー、怪談といえばその通りなんだけど、かなり毛色がちがう。 幼い兄妹と召使いが暮らす古い館に家庭教師として住み込むことになった女性から見た一人称で物語は語られる。亡霊たちは主人公にしか見えない(子供たちにも見えるようなのだけど、最後までよくわからない)。それで、途中か...

円城塔『Self-Reference ENGINE』

その瞬間、宇宙は無数の宇宙に分裂し、時間や因果律が錯綜して頭の中の弾丸が銃の中に戻ろうとしたり、家の中に別の家が生えてきたりするようになった。その出来事は「イベント」と呼ばれている。それぞれの宇宙の出来事は巨大知性体という何台ものコンピュータの演算によって起きるようになっている。...

亀山郁夫『『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する』

『カラマーゾフの兄弟』を読んで一番驚いたのは、この分厚い大作が未完で作者のドストエフスキー急死により「第二の小説」が書かれずに終わったということだ。確かに回収されていない伏線があったり、本編と関係ないのにやたらページをとって語られている登場人物がいたりするし、何より作者による序文...

ドストエフスキー(安岡治子訳)『地下室の手記』

なにごとにもきっかけが必要で、『カラマーゾフの兄弟』は光文社古典新訳文庫版が出始めたのをきっかけに読もうと思ったのだが、なかなか完結しなくて待ちきれず、結局新潮文庫版を読んだのだった。京の仇を江戸で討つではないが、『地下室の手記』は光文社古典新訳文庫版を選んだ。はるか昔に読んだよ...

米澤穂信『さよなら妖精』

タイトルから漠然と、超自然的なフェアリーストーリーとミステリーが融合するシュールな作品を想像していたが、ウェルメイドな青春群像ミステリーだった。 地方都市に住む高校三年生四人はユーゴスラビアからやってきた同年代の少女マーヤと知り合う。何にでも好奇心いっぱいのマーヤにひきこまれて、彼...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『ガラスの街』

「あてもなくさまようことによって、すべての場所は等価になり、自分がどこにいるかはもはや問題でなくなった。散歩がうまく行ったときには、自分がどこにもいないと感じることができた。そして結局のところ、彼が物事から望んだのはそれだけだった――どこにもいないこと。ニューヨークは彼が自分の周...

阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』

鼠退治の報酬を払わなかったばっかりに笛吹き男の笛の音に導かれて子供たちが連れ去られてしまったという『ハーメルンの笛吹き男』の物語は単なるおとぎ話ではなくある程度実話らしい。事件が起きたのは1284年6月26日、いなくなった子供の数は130人だという。ただし、鼠退治の話は後世の付け...

村上春樹『1973年のピンボール』

二度目か、ひょっとしたら三度目に読むのかもしれないが、ぼくの頭の中に残っていたのは双子の存在とゴルフ場の風景だけだった。1973年秋、東京、そしてそこから遠く離れた海辺の街で、平穏でありながらずっと心に残りそうな日々が何気なく通り過ぎてゆく。大きな出来事がおきないだけに、かえって...

コニー・ウィリス(大森望、他訳)『わが愛しき娘たちよ』

アメリカの女性SF作家コニー・ウィリスの12編からなる短編集。 冒頭の『見張り』には長編『ドゥームズデイ・ブック』のキヴリンやダンワージィ先生が登場している。『ドゥームズデイ・ブック』は大学の実習でペスト禍のまっただなかの中世にタイムスリップする話だったが、こちらは第二次大戦のロン...

池谷裕二『進化しすぎた脳 中高生と語る[大脳生理学]の最前線』

大脳生理学の最新のトピックを中高生向けに講義したものをまとめた本。文中にでてくる彼らの応答から察するに、中高生といってもぼくを含めたその辺の大人よりよっぽど優秀だった(慶應義塾ニューヨーク学院高等部の生徒たちとのこと)。専門的になりすぎず、かといって細部を省略しすぎず、聞き手の興...

レイモンド・チャンドラー&ロバート・B・パーカー(菊池光訳)『プードル・スプリングス物語』

ハードボイルドの旗手レイモンド・チャンドラーが急死したため未完のまま遺された作品を、30年後に同じハードボイルドのスペンサーシリーズで有名なロバート・B・パーカーが完成させた。未完といっても、チャンドラーが遺したのは全41章中の4章だけで、書かれているエピソードはおおむね以下の3...

永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題への誘い』

中学生の翔太がインサイトという猫に導かれるように、さまざまな哲学的問題について考えてゆく。たとえば、「実はぼくらは培養器の中の脳で、現実はそこで見せられている夢」という考えには意味があるかどうかとか、「他人に心があるか」とか、「ぼく」という存在の特別さとか、善悪の基準の妥当性とか...

舞城王太郎『スクールアタック・シンドローム』

そろそろ現代日本の小説も飽きてきたなと思いつつ手に取った本書だけど、やっぱり舞城王太郎はおもしろい。 珍しく残虐描写のない『我が家のトトロ』のほかは、耳をかみ切って飲み込んだり、高校で生徒や教師が623人殺されたり、女子中学生が女子中学生の首の骨を一撃で折って殺したり、生き返ったり...