中瀬航也『シェリー酒 知られざるスペイン・ワイン』

シェリーはイギリスのドラマをみているとかなりの頻度で登場する酒で、パブでビール、家でシェリーという感じで飲まれている。たまたま飲んでみたら、さわやかな香りとぴりっとした味わいがすっかり気に入ってしまった。そのとき飲んだのは淡い黄色の「フィノ」と呼ばれるタイプで、その後褐色で梅酒の...

ポール・ヴァレリー(清水徹訳)『ムッシュー・テスト』

すべてのページをめくったが果たして読んだといってよいかどうかわからない。睡眠導入剤として効果覿面なことは保証できる。 ムッシュー・テストとは作者のポール・ヴァレリーが自分自身の性向を極端に押し進めることによって生み出した架空の人物だ。彼は自分の内面をとことんまで追求する。ただの内省...

レベッカ・ブラウン(柴田元幸訳)『体の贈り物』

簡単にいうとHIV患者たちとホームケアワーカーである「私」のかかわりを描いた連作短編集だ。徒に感傷的になることなく、「私」のプロとしての作業の様子をときおりおきるとまどいを含めて丹念に描いている。その仕事の手際よさは逆に患者たちの弱々しさ、そして、いくらつくしてももうすぐ死んでし...

イタロ・カルヴィーノ(米川良夫訳)『見えない都市』

マルコ・ポーロの口を借りて語られる55の架空の都市の物語。どの都市もあるはずのない特異な謎をもっているが、どこか似通っていて交換可能であり、(少なくとも物語の中では)実在するかもしれない都市というより都市という記号について語っているように思える。都市の物語の間にときおりはさまれる...

ウンベルト・エーコ(和田忠彦訳)『ウンベルト・エーコの文体練習』

捜し物をしていたら読まないまま埋もれていた本書を発見した。結局捜し物は見つからなかったので、本書が唯一の収穫だ。 『薔薇の名前』(ぼくは映画でみただけだが)で有名なエーコのパロディー中心の短編集。どの作品も何をどのようにパロディーにしようとしているかくらいまでは理解できるのだが、実...

三浦展『ファスト風土化する日本 郊外化とその病理』

「ファスト風土」というのは「ファストフード」のもじりで、いまや全国的にひろがっているファミレスやディスカウント店が立ち並ぶ画一的な生活空間を指している。農村部が郊外化する一方従来の中心街は没落する。人々は車で点から点に移動し、街はその広がりを失う。 筆者はこうした風景・ライフスタイ...

バリー・ユアグロー(柴田元幸訳)『憑かれた旅人』

『セックスの哀しみ』に続いて、ユアグローを読む。テーマは「恋愛」から「旅」に変わっているが、主人公(たち)の情けなさはより徹底してきている。それは、最後のストーリーで飛行機事故で幽霊になった主人公がようやくめぐりあった恋人にいわれる一言で語り尽くされている。 「そんな話、聞きたいわ...

バリー・ユアグロー(柴田元幸訳)『セックスの哀しみ』

『一人の男が飛行機から飛び降りる』という本を読んで、ユアグローの作品のファンになった。どれも数ページほどの短編で、夢とも幻想ともつかない不思議な物語がつめこまれていた。 本書も同じく短編集。ただし、ある程度テーマが絞り込まれていて、多かれ少なかれ恋愛に関する物語ばかり。ユアグローの...

柄谷行人『探求 II』

『探求 I』で他者との関係における命懸けの飛躍を見抜いた柄谷は、今度は「この私」に挑む。 共同体は個人から構成されているのだけど、その個人というのは共同体の中の差異化によってはじめて個としての意識をもつのではないかと昔からいわれていて、その個としての意識そのものも内から外を排除する共...

アンヌ・レエ(村松潔訳)『エリック・サティ』

有名なジムノペディをはじめとしてサティの音楽の大ファンだが、ぼくより100年前にフランスで生まれたということをのぞいて、彼自身についてはほとんど何も知らなかった。音楽の印象から孤高な隠者のような生活を送っていたような印象があったが、それは半分あたり。白い山羊髭、山高帽、コウモリ傘...

坪内祐三『靖国』

大戦中は戦争遂行の精神的支柱として使われ、いまや左右のイデオロギー対立の場と化している靖国神社だけど、明治二年の創建からしばらくの間は、そういう国粋的なものとは別の開放的な空気が流れていたことを文学作品や、その他の貴重な資料をベースに解き明かしてゆく。 そのころ、靖国神社の境内では...

竹田青嗣『現象学入門』

入門と銘打っておきながらちっともわかりやすくない本はごまんとあるが、本書はそんなことはなく、少なくともわかった気にはさせてくれる本だ。 主観と客観の関係をどうとらえるかというのが近代哲学の最大の課題だった。そうこうしているうちに自然科学が客観の上に王国を作り上げてしまって、それに待...

ポール・オースター(柴田元幸、畔柳和代訳)『空腹の技法』

ポール・オースターの初期のエッセイを中心に編まれたアンソロジー。原書は出版社が変わったり版を重ねるごとに内容が追加されているらしい。本書も文庫化にあたって、3編追加されている。 エッセイの大半は小説発表前に書かれた、日本であまり紹介されていない詩人たちに関するもの。その部分は正直退...

阿部和重『ニッポニアニッポン』

ニッポニアニッポンというのは絶滅が危惧される鳥トキの学名。そのトキを名前の一部に持つ17歳の少年鴇谷春生は、トキを鬱屈した思いをぶつける対象にして、パラノイア的な妄想を拡大させていき、ついには佐渡にあるトキ保護センターの襲撃を思いつく。 最初は主人公にも物語にも感情移入できなかった...

杉田昭栄『カラス なぜ遊ぶ』

「ショックなこともあるけど、カラスをきらいになれない」というのがぼくがカラスに抱いている率直な気持ちだ。そんなカラスの行動の謎を脳と身体の研究成果から解き明かす本。 滑り台で遊ぶという話や、くるみを車道に落として車に割らせるという話があるように、カラスが頭がいいというのはほんとうの...

若桑みどり『絵画を読む~イコノロジー入門』

バロック期の写実的な絵画が好きでよく観にいったりするのだけど、見えるものをそのまま描いたものはほとんどなくて、ひとつひとつの図像に意味が隠されているという話をきいて興味をもった。この本を手に取った理由はそういうところにある。 絵が直接的に描いているものが何かということを研究する学問...

小泉義之『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』

はるか昔に買って挫折していた本。挫折した理由は、読んでいて知の欺瞞騒動が頭にちらついてしまったからだ。現代の哲学者たちは自然科学の難解なジャーゴンを振り回すけど、その自然科学への理解は誤っていることが多いことが明らかになった事件で、本書にもその手のジャーゴンがちらばっているように...

柄谷行人『探求 I』

「他者」とはなんだろう。柄谷はそれを同じ「言語ゲーム」(ウィトゲンシュタイン)に属しておらず、「教える-学ぶ」という態度で臨まなければならない相手だといい、そこには「命がけの飛躍」が必要なのだという。 最初ちょっと難解に感じたが、同じテーマが何度も何度も波のように繰り返されるので、...

高橋源一郎『ゴーストバスターズ-冒険小説-』

このところ新書ばかり読んでいたので久しぶりの小説だ。その中でも高橋源一郎を読んだのはほとんど前史といっていいくらい昔のことだ。本の題名も内容も忘れてしまったが、さまざまなパロディーや、ストーリーの流れの故意の破綻など、小説はここまで自由に書けるんだという驚きを感じたと思う。ただ、...

小林頼子『フェルメールの世界 17世紀オランダ風俗画家の軌跡』

とにかくフェルメールの絵はすごい。だが、そのすごさを難解な言語で表現しようとする批評家たちに筆者はノーととなえる。そんな現代の主観的な視点から語るのではなく、17世紀オランダという時代・場所でフェルメールがどのような意図で作品を描いたかを実証的に解き明かすことが、彼の作品を理解す...