劉慈欣(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳)『三体』

文革の混乱でなにもかも失った女性科学者の物語から始まり、現代の科学者たちの謎の死へと一転する。そして、写真に写り込むカウントダウンの数字と『三体』という謎のVRゲーム。序盤からもう圧巻だが、中盤以降の謎解きパートになっても、アイデアの噴出量が落ちない。圧巻のSFエンターテインメン...

カルロ・ロヴェッリ(冨永星訳)『時間は存在しない』

イタリア出身の理論物理学者による時間についての本。 大きく三部構成。 第一部は、現代物理学の知見が動員され、時間の性質としてぼくらが日常的に思っているようなものは存在しないということが示される。まず、時間はどこでも変わりなく流れるものではない。流れ方は場所や速度によって異なるので、現...

『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』(岸本佐知子訳)

この本を紹介する方法で、すぐに思いつくのは、作者はこういう人で、こういう人生を送って、それと作品にはこんな関係があるんですという、ライ麦畑のホーラン言うところの《デーヴィッド・カパーフィールド》式のやり方だ。この作者の場合、このやり方で書くべきことはとても多いし、たぶんそれだけ読...

ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来』

『サピエンス全史』は現生人類の過去についての本だったが、こちらは未来がテーマだ。最初のうち、同じ材料の残り物を使っているように感じたが、できあがった料理はまったく別物だった。 現生人類ホモ・サピエンスがほかの人類や動物たちに打ち勝って覇権を確立したのは、多数で協力することができたか...

アンナ・カヴァン(山田和子訳)『アサイラム・ピース』

長編『氷』に続いて二冊目のアンナ・カヴァン。こちらはキャリアの初期に書かれた短編集だ。 短編集というとおもちゃ箱みたいに多様な作品が含まれていることを期待してしまうが、これは一色といっていいだろう。それも極度に陰鬱な色合いだ。表題作の『アサイラム・ピース』は、精神を病んだ患者のため...

加藤陽子『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』

読み始める前は全く意識してなかったが、もうすぐ終戦記念日。いいタイミングで読むことができた。 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』と同じく中高校生に対して行った講義をまとめた本。『それでも』は、明治維新以来日本が関わった4つの戦争について、その意思決定を取り上げた本だが、今回はそ...

ダフネ・デュ・モーリア(務台夏子訳)『デュ・モーリア傑作集 人形』

ダフネ・デュ・モーリアはヒッチコック映画の『レベッカ』や『鳥』の原作で知られるイギリスの小説家。1907年に生まれて1989年に亡くなっている。これは比較的初期の作品を集めた短編集。 映画化された作品からはサスペンスフルな印象を受けるが、この本に収録されているのは、男女の心のすれ違...

佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』

ちょっと間があいてしまったが2冊目の佐藤亜紀。最新作から読み始めたが、いったん処女作に戻ることにした。他の作品を知らないので偶然と言っていいかどうかわからないが、『スウィングしなけりゃ意味がない』同様ナチが絡んでくる話だ。 ひとつの身体に2つの人格、バルタザールとメルヒオールが同居...

奥泉光『グランド・ミステリー』

タイトルや紹介文から、戦時中を舞台に将校が探偵役を務めるミステリーかと思ったが、いい意味で裏切られた。そういう枠組みをはるかに超えるすばらしい作品だった。今年前半に読んだ本で間違いなくナンバーワン。 第一章は、真珠湾攻撃に携わった海軍将校二人の視点から描かれた戦記物の体で進んでいく...

柴田勝家『ヒト世の永い夢』

ふざけたペンネームだと思っていたが、作品は本格的だった。名前を聞いただけでワクワクしてくる南方熊楠、江戸川乱歩など昭和初期の名士たちが活躍し、粘菌による人工知能を開発し、少女型「人形」に組みこむという、ロマンあふれるSF巨編。 エンタメとしても王道だが、夢と現実をめぐる哲学論議も奥...

J.G.バラード(村上博基訳)『ハイ・ライズ』

バラードは大昔に『結晶世界』を読んだきりだったが、このところSFと主流文学の境界を渉猟していて、避けて通れないことをあらためて認識したので、割と最近映画化されて有名な本書から手をつけてみた。 40階建の高層アパートメントを舞台にした内戦状態を描いたディストピア小説だとばかり思いこん...

山下範久編著『教養としての 世界史の学び方』

具体的な世界史上の出来事ではなく、世界史を記述する歴史学という学問がどういうもので、その記述としての世界史は現状どうあるべきであることになっているかということについてのメタな本。もともと歴史学を学ぼうとする学生の教科書として企画されたというのも頷ける。 第I部は『私たちにとっての「...

グレッグ・イーガン(山岸真編訳)『ビット・プレイヤー』

イーガンの日本で編まれた6冊目の短編集。とはいえ、今回は短編というには少し長めの作品ばかりだ。 『七色覚』は遺伝的な障害を逆手に色覚を人為的に拡張した人々のたどるその後の人生。ちょうど色覚に関する解説記事を読んでいたので、理解しやすかった。苦い結末になりそうでならなかったのはイーガ...

山尾悠子『増補 夢の遠近法 初期作品集』

最近文庫で新刊がでて、山尾悠子という名前を初めてきいたのだが、読むならまず初期作品集と銘打ったこちらだろうと大きな本屋にいって入手した。 分類すれば幻想小説なんだけど、まさか日本語圏にここまで幻想世界の構築力にあふれた書き手がいるとは思わなかった。しかもそれが硬質で語彙力豊かな文体...

『チェコSF短編小説集』(ヤロスラフ・オルシャJr編、平野清編訳)

20世紀初めから終わりまでのチェコのSF短編小説を集めた本。収録作は11篇。ロボットという呼称を生み出した巨匠チャペックの作品も含まれているが、そのほかは初めてきく名前だ。編集の都合だろうか、数ページ程度の掌編といったような作品も少なからずあるので、チェコのSFの概況を把握するに...

多和田葉子『献灯使』

短編集だが、表題作の『献灯使』は全体の半分以上を占める中編。度重なる災害で衰退し鎖国している未来の日本が舞台。老人は元気で死ななくなり、子どもたちは虚弱になり、老人が子どもたちの介護をするようになっている。二人きりで暮らす、百歳を向かえた義郎とその曾孫無名が主人公。典型的なディス...

ウィル・ワイルズ(茂木健訳)『時間のないホテル』

クリストファー・プリーストが激賞していたというのをどこかでみて読んでみることにした。イギリスの新進作家による巨大なホテルを舞台にした一風変わったSF作品。 前半は不条理系。イベント参加のためイングランドの新開地にできた巨大ホテルに宿泊する主人公ニール・ダブルは、イベントから締め出さ...

藤井太洋『東京の子』

次の東京オリンピックから3年後、2023年が舞台の超近未来小説。日本そして東京は、外国人労働者の受入がスムーズに進み、全体的に軟着陸に成功した感じだ。ただ人々の生活レベルや労働環境は必ずしも改善してはいない。正社員が定時で帰るようになった一方、社員と同等の仕事を低賃金、残業代0、...

ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド(上杉周作、関美和訳)『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』

枕として、世界の現状に関する13の簡単な設問があり、それに答えてみてくださいと、言われる。ぼくは本書の性格を知った上で答えてしまったので、8/13とまあまあの正解率だったが、世界的に識者やエリートであってもランダムに選んだより正解率が低いらしい。その原因を分析、考察して10の人間...

村田沙耶香『地球星人』

家族や周囲の社会になじめない奈月は、周りの人間を地球星人と呼び、恋愛と結婚を促し、子供を産ませようとする周りの社会を「工場」と呼んでいた。そこでは奈月の子宮は新たな人間を製造するための道具に過ぎないのだ。 序盤、奈月は小学生で、性的虐待をしようとする塾講師の存在や家族の無理解が、ま...