読書ノート

フィリップ・K・ディック(山形浩生訳)『聖なる侵入』

引き続いて三部作の第二作を読む。 前作『ヴァリス』が現代を舞台にしてSF要素が希薄だったのに対し、本作は形式的にはまちがいなくSFだ。辺境の惑星で自分のドームでひきこもり生活をしているハーブ・アッシャーに突然現地の山に住む神ヤーの声がきこえる。実はヤーは追放された地球の神で、ハーブ...

ベン・H・ウィンタース(上野元美訳)『カウントダウン・シティ』

小惑星衝突間近で混乱し急速に無政府化しつつあるアメリカで、ひとり事件解決に挑む刑事ヘンリー・パレスの活躍を描く三部作の第二作。 今回は衝突の3ヶ月前。パレスは警察から解雇されて一般市民になりそのときを待っている。早くもライフラインが失われようとする中、パレスはかつて自分と妹のベビー...

円城塔『エピローグ』

同時刊行された『プロローグ』と『エピローグ』、ふつうなら『プロローグ』を先に読むが、円城塔作品なら逆だろう、とこっちから読むことにした。 直前に読んでいたのがイーガン『シルトの梯子』なので人間がソフトウェア化された世界の話というのが共通していた。もうひとつ共通しているのが難解さだ。...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『シルトの梯子』

約2万年先の未来。最新の理論では1/6兆秒で崩壊するはずの構造から別の宇宙が誕生し、際限なく広がりわれわれの宇宙を侵食しはじめる……。 最近読んだイーガン作品は人類以外の異形の知的生命が主人公だったが、今回は未来のぼくたちホモサピエンスが主人公だ(後半、異形の生物もでてくる)。とい...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『水底の女』

春樹マーロウもこれにて完結。奇しくもぼくが最初に読んだチャンドラー作品だ。あとがきで訳者曰く、基礎構造に無理のあるチャンドラーらしくない作品ということだが、ぼくは、プロットが発散しない分集中できで、この作品がすごく好きだということを再確認した。『ロング・グッドバイ』の次に好きかも...

プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第二篇 花咲く乙女たちのかげに』

第一編を読んでから3年の月日が流れ去ってしまった。記憶に関する物語なのに記憶の風化は甚だしく、覚えていることといえばマドレーヌくらいだった。ふつうの作品だったら大まかなストーリーさえ把握すれば大丈夫なのだけど、『失われた時を求めて』の場合シーンや登場人物が有機的に絡み合っていて、...

唐木元『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング』

一時期自分は文章を書けるのではないかと錯覚したこともあったのだが、間違いなくぼくは文章を書くのが苦手だ。 時間がかかるし、書いている間に意図がねじ曲がってしまう。ぼんやりとだが、文章の基礎を学び直す必要を感じていた。先日Twitterでこの本を知って、精神論じゃなくちゃんとメソッド...

チャールズ・ブコウスキー(青野聰訳)『ありきたりの狂気の物語』

34篇からなる掌編集。どの作品にも作者を思わせる人物が出てくる。ほとんど一人称だし、チャールズ・ブコウスキーと名乗る作品も多い(「ハンク」と呼ばれているのも彼の本名ヘンリー・チャールズ・ブコウスキーのヘンリーの愛称だ)。特に後半の作品にはエッセイといったほうがいいような作品もあっ...

フランソワ・ジュリアン(中島隆博、志野好伸訳)『道徳を基礎づける 孟子vs.カント、ルソー、ニーチェ』

「道徳」というと国家や共同体からおしつけられる硬直化した規範と思うのはぼくだけではないようで最近は「倫理」という言葉が好まれていてぼくもそっちをよく使う。でも、著者のジュリアンはその「倫理」という言葉を今流行のごまかし方といっている。翻るに、信号無視の常習犯のぼくではあるが、それ...

神原正明『『快楽の園』を読む ヒエロニムス・ボスの図像学』

9月に渋谷でベルギー奇想の系譜展という展覧会を見てきた。展示の中心の一つはヒエロニムス・ボスの作品で、もちろん今回来てなかったのだがプラド美術館にある大作『快楽の園』に対する興味をかきたてられたところにたまたま美術館の上の本屋で見かけたのが本書。 『快楽の園』は500年前に描かれた...

海野十三『深夜の市長』

芦辺拓さんによると、戦前二大都市奇想小説は先日読んだ『魔都』とこの『深夜の市長』ということなので読んでみた。 長編というには短くて長めの中編といったところか。深夜の散歩を愛好する主人公は偶然殺人事件を目撃してしまう。危ういところを深夜の市長と呼ばれる謎の人物に助けられ、奇妙な事件の...

ブルース・チャトウィン(芹沢真理子訳)『パタゴニア』

パタゴニアとは、日本からはちょうど地球の裏側、南米大陸の南端に位置する地域を指す。自然が過酷でとにかく風が強い。西の太平洋に面したチリ領は海岸近くまでアンデス山脈が迫り、フィヨルドが発達しところどころ氷河に覆われる気候で、大西洋に面したアルゼンチン領は空気が乾燥し、広大で不毛な平...

佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』

はじめての佐藤亜紀。旧作から読んだほうがいいかとちょっと迷ったが、結局最新作の本書から読むことにした。 舞台はドイツの港湾都市ハンブルク。1924年生まれの主人公の少年エディ(エドゥアルト・フォス)の十代後半(15歳から19歳まで)が描かれる。それは第二次世界大戦とちょうど重なり合...

Robert A. Heinlein “The Door into Summer”

SFの古典的名作。もちろん再読だ。この間新訳が出たが次読むときは英語でと決めていた。SFでこみいった文学的表現がないから読みやすいかと思ったが俗語のオンパレード。かなり手こずらされた。 あらためて読んでみると猫のピートのかわいらしさが胸をうつ。猫飼ったことはないからどこまで正確かわ...

グレッグ・イーガン(山岸真、中村融訳)『アロウズ・オブ・タイム』

直交三部作もいよいよ完結編。母星への帰還の時期が舞台かと思っていたが、そうではなく《孤絶》搭乗者の第6世代、Uターン前後の時期がメインだった。 辞書を引くまでもなくタイトルは『時の矢』。本巻の探求のターゲットは時間だ。これまでの巻でこの直交世界では時間を逆行できることが示唆されてい...

北杜夫『星のない街路』

北杜夫のSF作品の『不倫』が読みたくて(タイトルは失念していた)この前SF作品集『人口の星』を読んだのだが収録されてなくて、ほんとうはこっちを読むべきだった。表題作だった『人口の星』は本編にも収録されている。そのほかの作品も、北杜夫の短編集一冊選ぶとしたらこれという感じの、バラエ...

久生十蘭『魔都』

久生十蘭の代表的な長編小説。舞台は1934年の大晦日の夜から1935年1月2日未明まで20数時間の東京。日本滞在中の安南国皇帝の愛人が自宅アパートから転落して殺され、当初犯人と目された皇帝が誘拐される。フランス大使が謁見にくる時間までに皇帝を発見しないと日本政府はのっぴきならない...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『プレイバック』

『みみずくは黄昏に飛びたつ』を読んで半年くらい前に発売されていたことに気がついた。 チャンドラーが完成させた最後のマーローものの長編小説。以前、清水俊二訳で読んだときはなんだかピンとこなかった。世評も概ねそんな感じで、巻末の訳者村上春樹による解説(これを読むのが本編を読むことにに匹...

川上未映子×村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』

川上未映子による村上春樹へのロングインタビュー。2015年7月9日、2017年1月11日、2017年1月25日、2017年2月2日の計4回、それぞれ長時間にわたるインタビューの内容が収録されている、村上春樹はめったにインタビューを受けない人なので、これまでのインタビュー(主に海外...

コニー・ウィリス(大森望訳)『航路』

臨死体験(NDE)をテーマにした小説。 睡眠を取るのも忘れて、何夜も朝方まで読みふけってしまった。電子書籍だったので本の厚さはわからないが、文庫だと上下巻あわせて1000ページ以上あるはずだ。 NDEを調査する心理学者ジョアンナは薬品を使って人工的にNDEと同様の状態を脳に発生させる...