読書ノート

イザベラ・バード(時岡敬子訳)『イザベラ・バードの日本紀行』

イザベラ・バードは1831年イングランド生まれの女性冒険家。世界各地を旅行しいくつか旅行記を残しているが、その中のひとつがこの日本を訪れて書かれたものだ。まだ維新から10年後の1878年、元号でいうと明治11年だ。5月21日に船で横浜に上陸してから12月24日に同じく横浜から上船...

トム・ジョーンズ(岸本佐和子訳)『拳闘士の休息』

今年の春くらいに書店のイベントで見つけて興味をひかれたが、機会を逸してこのまま読まないで終わりそうなところに作者の訃報。次に読む本に昇格した。 読む前はポストモダンでSF的な作風なんじゃないかと勝手に思っていたが、実際はシンプルで力強い人間ドラマに深い洞察が入り交じる、知っている作...

スティーヴ・エリクソン(越川芳明訳)『きみを夢みて』

久しぶりに読む紙の本にして、『黒い時計の旅』以来2冊目のスティーヴ・エリクソン。 (ストレートには意味をとりにくい)詩的な表現が全編にあふれていて、小説というより壮大な叙事詩を読んでいるような気になってくる。テーマはずばりアメリカ(という理想)だ。ロサンゼルス郊外で暮らすある家族(...

村田沙耶香『消滅世界』

人工授精が一般化しセックスによる生殖が行われなくなった並行世界の日本が舞台。夫婦は人工授精で生まれた子供を育てるための姉弟や兄妹のような関係で、夫婦間でセックスをすることは「近親相姦」と呼ばれてタブーとなり、それぞれ別に恋人(リアルの人間の場合もあればフィクションのキャラクターで...

ジョーゼフ・ヘラー(飛田茂雄訳)『キャッチ=22』

モンティパイソンみたいなナンセンスでシュールなユーモア。本国アメリカではそれほど売れなくてイギリスでベストセラーになったのもうなずける。このユーモアに最初にやにやしながら読んでいたのだが、いや実はこれはユーモアじゃなくて(小説の中の)事実に即しておきたことをそのままのカフカ的な不...

村田沙耶香『コンビニ人間』

コンビニのスイーツみたいにぺろりと読んでしまったが、けっこう個人的に身につまされる作品だった。 幼い頃から周囲の人間たちが理解できず溶け込むことができなかった主人公古倉恵子は、大学生の時にコンビニ店員という職業と巡り会い、30代後半になっても就職も結婚も恋愛もせずずっとアルバイトで...

ウラジーミル・ソローキン(望月哲男、松下隆志訳)『青い脂』

はじめてのソローキン。まったく予備知識なしに読み始めた。 冒頭、シベリアの奥地で7ヶ月間の極秘任務についた生命文学者ボリス・グローゲルが年下の同性愛の恋人に送る書簡という形で物語は進められる。任務は青脂という温度とエントロピーが不変の物質の製造だ。そのためにロシア文学の文豪のクロー...

稲葉振一郎『不平等との闘い ルソーからピケティまで』

タイトルをみて、そういえばピケティブームあっという間に過ぎさってしまったな、という感慨に打たれたが、『21世紀の資本』の邦訳出版が2014年末で、もうそれからそれなりに年月が経過しているのだった。時の流れが速すぎる。 『不平等との闘い』というタイトルには煽りが入っているやも。中身は...

ベン・H・ウィンタース(上野元美訳)『地上最後の刑事』

舞台となっているのはほぼ現代だが、半年後に直径6.5kmの小惑星が地球に衝突し人類の半分以上が即死し文明の消滅が確定しているという設定。秩序はかろうじて保たれているが、自殺したり、離職して死ぬまでにしておきたいことリストを実現しにいく人が続出して、衝突前から文明は崩壊しはじめてい...

海猫沢メロン『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』

SR, AI, アンドロイド、3Dプリンター等今ホットなな科学技術の第一人者に取材した科学ルポの形をとりつつ、幼い頃は自分をロボットだと思っていたという筆者の「人間と機械の境界はどこか」という疑問を解き明かそうとした本。インタビューの合間に著者の独白がはさまる構成が斬新だ。 人間にそもそも自由...

グレッグ・イーガン(山岸真、中村融訳)『クロックワーク・ロケット』

異形で独自の生態と文化を持った知的生物が科学技術で世界の有り様を探るなかで危機に気がつきそれを乗り越えようとする姿を描いているのは『白熱光』も同じだが、そちらではぼくらの住む宇宙の中の話だったが、本作では別の物理法則を持つ別の宇宙が舞台になっている。 ぼくたちの宇宙の相対性理論は時...

チャールズ・ブコウスキー(柴田元幸訳)『パルプ』

ブコウスキーが死の直前最後に完成させた小説。他の作品は作者の分身が主人公の私小説的な物語らしいのだけど(作者の分身チナスキーは本書のなかでは古書店主の「ついいままで飲んだくれのチナスキーがいたんだ」という言葉の中にだけ登場する)、これは私立探偵が主人公のハードボイルド小説という形...

筒井康隆『メタモルフォセス群島』

『おれに関する噂』に続いて筒井康隆のオリジナル短編集を読み返そう企画第2弾。こっちには絶対はずせない名作『走る取的』と『毟りあい』(野田秀樹演出の舞台『THE BEE』を見たので割と記憶に新しい)が収録されている。前者は逃げても逃げても追いつかれ自ら逃げてはいけないほうに逃げてしま...

ウンベルト・エーコ(河島英昭訳)『薔薇の名前』

今年の1月にブックオフで入手した翌月にエーコが亡くなり、それから4ヶ月が経過してようやく読み終えた。分厚い単行本を手でもっているだけで腱鞘炎になりそうだった。 大昔みたショーン・コネリー主演の映画では、出来事の順番を変えて、最後にカタルシスを感じるようになっていたが、原作はまったく...

筒井康隆『おれに関する噂』

多分筒井康隆で最初に読んだ本だったのではないか。ちょうど子供の本から大人の本に移り変わるあたりのことだ。それを何十年ぶりかに電子書籍で再読。 筒井康隆の代表作に数えられる、表題作『おれに関する噂』、『熊の木本線』の物語の骨格は覚えていたがそれ以外の作品はほとんど忘れていた。あらため...

ウイリアム・サローヤン(柴田元幸訳)『僕の名はアラム』

十年ちょっと前サローヤンにはまった時期があったがその頃この作品の入手が難しくて読めなかった。村上柴田翻訳堂のおかげでようやく読めた。しかも柴田さんの新訳だ。 サローヤン自身をモデルにしたアラムという少年が友達や親戚たちと繰り広げる心温まるユーモラスな連作短編集。代表作なのでもっと肩...

フィリップ・ロス(中野好夫、常盤新平訳)『素晴らしいアメリカ野球』

村上柴田翻訳堂のシリーズから出たのでどちらかの新訳かと思ったら旧訳の復刊だった(柴田氏に注釈と村上、柴田両氏による対談がついている)。フィリップ・ロスの作品を読むのは『プロット・アゲンスト・アメリカ』に続いて2作目だ。テイストは異なるものの、実際の歴史と異なる別の歴史を綴るという...

カーソン・マッカラーズ(村上春樹訳)『結婚式のメンバー』

冒頭の「緑色をした気の触れた夏」という一節にいきなり心をつかまれた。 なかなか読み進められなかったのは、主人公である12歳の少女フランキー(これは第1部の呼び方。第2部はF・ジャスミン、第3部はフランセスとパートごとに呼び名が変わる)が兄の結婚式のあと生家を離れ兄夫婦と一緒に世界中...

保坂和志『未明の闘争』

冒頭の段落の「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」が衝撃的だ。死んだ友人が歩いていたというのは夢の中の話だと最初に明示されているのだが、「私は」がもたらす文法の破綻の衝撃が大きい。この不自然な「私は」は何度も何度も登場して、この小説全体に夢の中のような雰囲気を漂わせ続ける。 語ら...

ミシェル・ウエルベック(野崎歓訳)『素粒子』

初ウエルベック。す、すごい。 多層的に編み上げられた物語。第一にこれは父親の異なる一組の兄弟(1956年生まれの兄ブリュノ、1958年生まれの弟ミシェル)の人生に焦点をあてた年代記であり、第二に彼らの生を通じて20世紀後半いくところまでいった自由、個人主義、物質主義の命脈をたどる哲...