読書ノート

ロバート・A・ハインライン(井上一夫訳)『異星の客』

分厚い。並の文庫本の優に3冊分はある。 火星調査団の一行が全滅して火星に取り残された乳児が火星人に育てられる。25年後、成長したその乳児ヴァレンタイン・マイケル・スミスは地球に帰還する。彼は沢山の遺産を相続していたが、地球の重力と習慣に馴染めず一見して精神的、身体的退行の状態にあっ...

夏目漱石『行人』

この劇の元ネタということで、ひさしぶりに再読。劇は小説から弟が兄の妻と同じ室に一泊するというシチュエーションを借りているだけで全く別物のつもりで見ていたが、あらためて小説を読むとセリフや人物設定など思ったより引用されているのだった。 この時代の小説を読むといつも意外に感じるのが生活...

G・ガルシア=マルケス(鼓直訳)『百年の孤独』

架空のマコンドという村を開拓したブエンディア一族が村ごと滅亡してしまうまでの百年間を描いた、七世代にわたる盛衰記、という要約はそれほど重要でもなくて、現実にはありえない突飛なエピソードが驚くべき迫真性で語られるその語り口が素晴らしい。 有名な冒頭の一節「長い歳月が流れて銃殺隊の前に...

フィリップ・ロス(柴田元幸訳)『プロット・アゲンスト・アメリカ』

タイトルを直訳すると「アメリカに対する陰謀」。1940年のアメリカ大統領選で例外的な三選を目指していたローズベルトではなく、共和党から立候補したリンドバーグが勝利するというもの。今では大西洋無着陸飛行の英雄としての側面しか伝えられていないけど、実際、彼は反ユダヤ、白人優位主義者で...

フィリップ・K・ディック(浅倉久志訳)『高い城の男』

第2次大戦で日本、ドイツなどの枢軸国側が勝利した世界を舞台にした歴史改変もの。戦争終結が1947年で、この小説の中ではそれから15年後の1962年のアメリカだ。アメリカは3分割され、東部はドイツの傀儡国家で、西海岸は日本の傀儡、中西部は緩衝地帯になっている。ドイツは戦争に勝利して...

チャールズ・ディケンズ(加賀山卓朗訳)『二都物語』

「あれは最良の時代であり、最悪の時代だった。叡智の時代にして、大愚の時代だった。新たな信頼の時代であり、不信の時代でもあった。光の季節であり、闇の季節だった。希望の春であり、絶望の冬だった。」という有名な一節で幕をあける物語。舞台はフランス革命の時代の二つの都市ロンドンとパリだ。...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『ゼンデギ』

読み始めて全然SFじゃないのであれっと思う。第1部はほぼ現代といっていいような数年先の(といっても設定は2012年なのでもう過ぎてしまったが)のイラン市民革命を舞台に、現地で取材するオーストラリア人マーティンと、アメリカに亡命して遠くからそれを見守る若いイラン人女性研究者ナシムが...

保坂和志『カフカ式練習帳』

数えてないけど300編前後の「断片」から構成された本。それぞれの断片は数行から長くても数ページ、内容は、夢、過去の記憶、思いつき、幻想小説の一部、パロディ、引用など多岐にわたり、一見ランダムに配置されている。あとがきによると、カフカがノートに書き遺した断片がおもしろくて、自分もそ...

村上春樹編訳『バビロンに帰る ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック2』

数十年単位の地層の中から発掘した。今は文庫版は絶版で村上春樹翻訳ライブラリーの中の一冊になっている。 フィッツジェラルドの短編五編と村上春樹によるフィッツジェラルドをめぐるエッセイが収録されている。短編は以下の通り(数字は発表年度)。 『ジェリービーン』(1920) - 社会的金銭的成功...

金子邦彦『カオスの紡ぐ夢の中で』

借り物。著者は複雑系の研究者だ。読み始める前は、カオス理論や複雑系の一般向けの啓蒙書だと思い込んでいて、貸してくれた人の意図もわからず、長らく放置状態になっていた。読むにしろ読まないにしろ返せる機会にいったん返しておいた方がいいんじゃないかと思いたち、それなら読んだ方がいいだろう...

F・ブラウン、S・ジャクソン他(中村融編)『街角の書店 18の奇妙な物語』

英語圏のまったく無名の作家からノーベル賞作家まで幅広く、いわゆる「奇妙な味」の作品ばかり18編を集めたアンソロジー。「奇妙な味」と自称する本は数多く出されてきたが、本書の味付けは格別だ。 まず、”bad taste”(悪趣味) と言ったほうがいいような独自の味わ...

モラヴィア(関口英子訳)『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短編集』

モラヴィアというとチェコの地方の名前なので東欧の作家かと思ったがイタリアの作家だった。 書誌的な情報をざっと紹介しておこう。フルネームはアルベルト・モラヴィア。1907年に生まれて1990年に亡くなってる。けっこう多作で長編小説を20編以上書いていて日本でも多数の翻訳が出版されたが...

カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『忘れられた巨人』

ジャンルの垣根を飛び越えた多様な作品を発表し続けるカズオ・イシグロ。今回の作品はトールキンばりのファンタジーだった。騎士や龍、鬼、妖精なんかが出てくる。舞台は中世のイギリスだ。伝説の王アーサー王が亡くなった直後の時代。その頃のイギリスはケルト系のブリトン人とゲルマン系のサクソン人...

スタニスワフ・レム(沼野充義訳)『ソラリス』

従来の訳はソ連時代のロシア語訳からの重訳だったので、検閲や自粛により省略された箇所が多々あったようだが、こちらはオリジナルのポーランド語版からの翻訳で完全版だ。 映画はタルコフスキー版、ソダーバーグ版両方みていたが、 原作小説を読むのははじめて。読み終えてみて、三者三様という感じだっ...

ダーグ・ソールスター(村上春樹訳)『ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン』

ソールスターは現代ノルウェイの作家。本邦初訳だ。タイトルは著者の11番目の長編小説にして18番目の本というそのままの意味。 翻訳者としての村上春樹はチャンドラーなど有名どころを訳すのと並行して、こういう日本でほとんど知られてない作家や作品を紹介している。マーセル・セロー『極北』もそ...

ディケンズ(石塚裕子訳)『大いなる遺産』

はるか昔ぼくが少年だった時分に読んでいるから再読なのだが、覚えていることといったらある貧しい少年がひょんなことから莫大な遺産の相続人に指名されるんだけど、結局おじゃんになってしまう、という骨格とすらいえないシュールなトレイラー映像の如きものだ。さすがにこれで「読んだ」扱いするのは...

アンナ・カヴァン(山田和子訳)『氷』

急激な氷河期の到来で人類をはじめとする生命が滅亡に瀕するというまさにSF的なシチュエーション。とある国の諜報活動に携わっている男が語り手。彼はアルビノで銀色の髪の少女(といっても20歳過ぎで人妻だが)を偏愛している。ひとり旅だった少女を男は追いかけて小さな国にたどり着く。その国は...

エミリー・ブロンテ(鴻巣友季子訳)『嵐が丘』

古典らしくない古典だった。なんというかふつう古典には普遍的で背筋に響く力強さがあるのだが、この作品はとらえどころがなくて単純な理解をすりぬけてしまうのだ。ストーリーにも描写にも難解なところはどこもない。 気まぐれに鶫が辻という場所の人里離れた田舎屋敷を借りたロックウッドという男が、...

円城塔『道化師の蝶』

芥川賞受賞の表題作と『松の枝の記』の2編が収録されている。 『道化師の蝶』は、奇妙な文様の蝶、それをとらえるための特殊な網、ほとんどの時間を飛行機の中で過ごし乗客の着想をとらえてビジネスの種にしている実業家、友幸友幸という数十もの多言語で作品を書き続ける正体不明の小説家、友幸友幸を...

神林長平『ぼくらは都市を愛していた』

ジャケ買いならぬタイトル買い。「ぼくらは都市を愛していた」と言われれば me too と返すしかない。 2つの世界の2人の人物の視点が交互に語られる。 ひとつは、情報震という謎の現象でデジタルデータが破壊されインフラが壊滅的に鳴り、疑心暗鬼で戦争がおこり、人口が激減したあとの世界。情報軍という情...