野田地図『フェイクスピア』

フェイクスピア

二組の親と子の物語。親が子になにを伝えるかということがテーマだと思う。母は、50年間イタコ見習いの娘を不憫に思い、自ら伝説のイタコとなる。一方、父は神から盗み出した「言の葉」を息子に伝えようとする。父と母を年若の高橋一生と前田敦子が演じ、息子と娘をはるかに年長の橋爪功と白石加代子が演じるのがおもしろい。この二組は対照的で、考えてみると、人間は次の世代に、技術と物語を伝えてきたのだ。そう。「言の葉」は当然物語のことで、野田秀樹自身が演じるシェイクスピアとその息子フェイクスピアがその物語を駆動するものと当然思った。

ここからネタバレ。

終盤のクライマックスで「言の葉」の正体が明らかになる。なんと、それは物語ではなくノンフィクションだった。もったいぶらずに書いてしまおう。「言の葉」とは1985年8月12日に墜落した日本航空123便の事故のときのヴォイスレコーダーで、父はその便の機長だったのだ。日本政府は昔ながらの秘密主義でヴォイスレコーダーの内容を公開してないが、リークにより明らかになっている。舞台ではそれをもとに墜落直前の機内の様子が再現される。その演出の巧みさには脱帽というほかはなく、とても生々しさを感じた。

悲しいやりきれない出来事をそのまま提示されるのは苦手なので、悲劇にはそこに描かれる悲しみを昇華してくれる要素がほしくなる。今回の場合、ぎりぎりまで生を求めてたたかった父の姿、そしてそれをなんとしても息子に伝えようとする父の意志がそれだと思う。この文章の冒頭に書いたテーマに戻るが、多くの人にとって、子に、遺伝子や財産だけじゃなく、人生観的な意味内容を伝えたいというのは、かなり痛切な感情で、実際に親となっていない人にも共感できる普遍的なものなのかもしれない。でも、実際にはその願望がかなうことはあまり多くなくて、特に社会の変化の速度がはやい現代では希有なことだ。今回みたいな悲劇がおきたときが例外状況な気がする。いずれにせよ、ぼく自身にその手の感情がほとんどないことに驚いた。おそらく、そのせいでちょっとラストに入り込めなかったということはいえるかもしれない。

作・演出:野田秀樹/東京芸術劇場プレイハウス/S席12000円/2021-06-01 19:00/★★

出演: 高橋一生、川平慈英、伊原剛志、前田敦子、村岡希美、白石加代子、野田秀樹、橋爪功、石川詩織、岩崎MARK雄大、浦彩恵子、上村聡、川原田樹、白倉裕二、末冨真由、谷村実紀、手打隆盛、花島令、間瀬奈都美、松本誠、的場祐太、水口早香、茂手木桜、吉田朋弘