読書ノート

柳瀬博一『国道16号線 「日本」を創った道』

国道16号に関する個人的な話から。 もともと都心を散歩していてそれが徐々に同心円状に広がっていったのだけど、あるときから16号という道路をやたら目にするようになった。それもまったく離れた場所でだ。あるときは埼玉、あるときは千葉、あるときは八王子、あるときは横須賀。あまりにも神出鬼没...

木島泰三『自由意志の向こう側 決定論をめぐる哲学史』

まずは目次から。 はじめに 第一章 自然に目的はあるのか——西洋における目的論的自然観の盛衰と決定論 第二章 決定論と運命論——ストア派・スピノザ・九鬼周造 第三章 近代以前の自由意志論争とその影響——ホッブズとデカルト 第四章 目的論的自然観は生きのびる——ライプニッツとニュートン 第五章 ダーウィ...

アンドレ・ブルトン(巌谷國士訳)『ナジャ』

捨てられそうになっていたところを救い出し、せっかくなので読んでみた。シュールレアリスムの旗手アンドレ・ブルトンの小説? タイトルの「ナジャ」という女性はなかなか登場しない。冒頭は「私とは誰か?」という問いから始まって、延々とどこに向かうかわからない感じで、出会った人々やみた物事やイ...

劉慈欣(大森望、立原透耶、上原かおり、泊功訳)『三体II 黒暗森林』

『三体』の続編。前作で異星文明との接触を果たした人類は同時に侵略の危機にさらされる。侵略者である三体艦隊は400年後に地球に到着する予定なので、余裕があるようにみえるが、「智子」という11次元空間に展開された陽子コンピュータにより、すべての人類の活動は監視され、テクノロジーの進歩...

三島由紀夫『新恋愛講座』

三島由紀夫は『金閣寺』しか読んだことなかったが、たまたま目の前に本書があったので読むことにした。 エッセイ集だ。『新恋愛講座』(昭和30-31年)、『おわりの美学』(昭和41年)、『若きサムライのための精神講話』(昭和43-44年)の3つの連載が収録されている。連載していた媒体が、...

ジョン・グリシャム(村上春樹訳)『「グレート・ギャツビー」を追え』

厳重警備の大学図書館地下室からフィッツジェラルドの手書き原稿を、5人組の窃盗団が盗み出す場面から始まる。窃盗は計画通りに成功するが、ささいなアクシデントで身元が割れ、窃盗団のうち即座に捕まってしまう。派手な登場だったが、彼らは物語の主役ではなく、手書き原稿ともどもあっという間に退...

トマス・ピンチョン(志村正雄訳)『競売ナンバー49の叫び』

今更という気もするがはじめてのピンチョン。長編の中では一番短くて中編といわれることもある本書を手に取った。 物語は案外シンプルだ。1965年のカリフォルニア。28歳の女性エディパは元恋人の大富豪インヴェラリティの遺言執行人に指名され、サン・ナルシソという町に赴く。そこで彼女は、郵便...

コルソン・ホワイトヘッド(谷崎由依訳)『地下鉄道』

今から200年近く前、19世紀前半のアメリカを舞台に、奴隷の少女コーラの逃避行を描いた作品。数年前オバマ前大統領が絶賛していたが、文庫化で値段がさがったのを機にようやく読むことにした。 コーラはジョージア州の農場で奴隷として生まれ育った。理不尽な拷問、レイプなど、不条理小説がそのま...

吉田徹『アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治』

唐突に思いついたが、新書の価値を測る指標として参考文献の数というのが有効な気がする。本書について数えてみたところなんと155。実際、その数に下支えされてか、とても説得力のある本だった。 世の中の進歩と自由の拡大を体現し、広い意味ではほぼ常識といっていい位置を占めていたリベラルという...

北杜夫『白きたおやかな峰』

国家をはじめとする集団が幻想であるというのは散々語り尽くされているが、他方個人というのも文化的な構築物に過ぎず、西洋と東洋で云々というのもその対句のように語られることである。しかし、その構築物のはずの個人が否応なしに自動的に立ち上がる場所がある。そのひとつが山岳だ。山岳小説を読み...

獅子文六『てんやわんや』

遠い異国を舞台にした翻訳小説を読むことが多いけど、戦後すぐの日本の地方を舞台にした話ももはや遠さでは負けてないのではないかと思い読むことにした。 1948年から1949年にかけて連載された新聞小説。 主人公犬丸順吉は戦後の東京近辺の殺伐とした世相に恐怖を覚えて、子飼いとして支えていた...

フォークナー(黒原敏行訳)『八月の光』

いつか読もうと思っていたフォークナーの長編にようやくチャレンジ。やはり、最初ははいちばんとっつきやすいという評判の『八月の光』だ。読書でもなんでもきっかけが大事なので、『八月の光』を読むなら八月と思って読み始めたのだが、結局読み終えたのは九月の終わりで、すっかり季節がかわってしま...

若竹七海『依頼人は死んだ』

先日、といってもずいぶんだってしまったが、NHKでドラマ化された葉村晶シリーズの原作を読んでみることにした。本書はそのなかで最初に刊行された作品集。9編からなる連作短編という形をとっている。 ドラマでは、シシド・カフカさんが演じる女探偵葉村晶のクールでタフでハードボイルドな感じと、...

全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』

量子力学が専門の物理学者である著者によって書かれた、センス・オブ・ワンダーと詩情のバランスのとれた科学エッセイ集。22のエッセイが、天空編、量子編、数理社会編、倫理編、生命編という5つのカテゴリニーに分類され、収録されている。 扱われているトピックは多様だ。銀河の中心が突然輝きだし...

村上春樹『一人称単数』

2018年7月から2020年2月までに雑誌に掲載された作品を中心にした、8編からなる短編集(表題作の1編だけ書き下ろし)。 各作品から共通項をくくり出すと、自分の過去の作品(未発表のものを含む)がなんらかの形でベースになっているものが3編(もし『石のまくらに』の短歌を含めていいなら...

山本貴光+吉川浩満『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』

ストア派の中心人物のひとりエピクテトスの思想の入門書。彼は紀元1世紀中頃から2世紀中頃、帝政ローマ期にギリシアで活躍した哲学者で、もともと奴隷の出身から身を立てたといわれている。 ほぼ著者二人のかけあいで構成されているのでとても読みやすい(そして、なんとエピクテトス自身まで登場する...

ケン・リュウ編(大森望、中原尚哉、他訳)『月の光 - 現代中国SFアンソロジー』

『折りたたみ北京』に続いてケン・リュウ編による中国SF短編集。今回は14人の作家による16編の作品が収録されている。 以下に作者と収録作のリストを掲げる(『折りたたみ北京』にも収録されている作家には※をつけた)。 夏笳(※)『おやすみなさい、メランコリー』- 鬱病の人の心のケアをするた...

多和田葉子『百年の散歩』

十編からなる短編集。 作者自身を思わせる語り手の日本人女性が、歴史上の著名人の名前のついたベルリンの通りや場所を、散策する。基本的に、描写されるのは現代の日常風景なのだけど、その場所に積み重なった歴史や、名前のもととなった人物に関する幻想が混入する。後の方の作品になるに従って幻想の...

酉島伝法『宿借りの星』

ありきたりじゃない物語が読みたかった。ありきたりじゃないということにかけては、この本の右に出るものはなかなかないだろう。なにせ主人公マガンダラは四つ脚で歩行し、四つの目で前後を一瞥し、大きな尻尾があるという異形としかいいようがない姿をしている。マガンダラの種族はズァンググ蘇倶とい...

村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』

村上春樹が初めて自分の父について書いたエッセイ。中くらいの短編の長さだが、刊行にあたって他の作品と組み合わせるのが難しいということで台湾出身の高妍さんの挿絵をつけて単独で出版されている。 村上春樹さんの父村上千秋は1917年に生まれ、2008年に亡くなっている。寺の住職の子として生...