読書ノート

ウィル・ワイルズ(茂木健訳)『時間のないホテル』

クリストファー・プリーストが激賞していたというのをどこかでみて読んでみることにした。イギリスの新進作家による巨大なホテルを舞台にした一風変わったSF作品。 前半は不条理系。イベント参加のためイングランドの新開地にできた巨大ホテルに宿泊する主人公ニール・ダブルは、イベントから締め出さ...

藤井太洋『東京の子』

次の東京オリンピックから3年後、2023年が舞台の超近未来小説。日本そして東京は、外国人労働者の受入がスムーズに進み、全体的に軟着陸に成功した感じだ。ただ人々の生活レベルや労働環境は必ずしも改善してはいない。正社員が定時で帰るようになった一方、社員と同等の仕事を低賃金、残業代0、...

ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド(上杉周作、関美和訳)『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』

枕として、世界の現状に関する13の簡単な設問があり、それに答えてみてくださいと、言われる。ぼくは本書の性格を知った上で答えてしまったので、8/13とまあまあの正解率だったが、世界的に識者やエリートであってもランダムに選んだより正解率が低いらしい。その原因を分析、考察して10の人間...

村田沙耶香『地球星人』

家族や周囲の社会になじめない奈月は、周りの人間を地球星人と呼び、恋愛と結婚を促し、子供を産ませようとする周りの社会を「工場」と呼んでいた。そこでは奈月の子宮は新たな人間を製造するための道具に過ぎないのだ。 序盤、奈月は小学生で、性的虐待をしようとする塾講師の存在や家族の無理解が、ま...

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』

現生人類すなわちホモ・サピエンスの誕生から現代までの歴史の流れを3つのターニングポイントを軸に説明している。その3つとは、認知革命、農業革命、そして科学革命だ。 サピエンス(本書に習って以下ホモ・サピエンスをこう呼ぶ)は7万年前から3万年前にかけて突如として認知的能力が向上し、新し...

君塚直隆『ヨーロッパ近代史』

ルネサンスから第一次世界大戦までの「ヨーロッパ近代」の歴史を、各時代の主要人物をひとり選び、その人生をたどることによって浮かび上がらせようとしている。 ルネサンス: レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519) 彼は芸術家であると同時に軍事技術者だった。 宗教改革:マルティン・ルター(...

ジョセフィン・テイ(小泉喜美子訳)『時の娘』

シェークスピア劇の悪役で有名なリチャード三世は、ほんとうに、自分が王位に就くために幼い甥たちを殺すなどの悪行を重ねるような人間だったのかという歴史の謎を、怪我で入院中のスコットランドヤードのグラント警部補(翻訳では警部となってたが日本の警官の役職にあてはめれば警部補だ)が病室のベ...

トンマーゾ・ランドルフィ(米川良夫他訳)『カフカの父親』

初めてみた名前だが、ランドルフィはイタリアの小説家。1908年に生まれて1979年に亡くなっている。カルヴィーノやブッツァーティと並んで20世紀イタリア幻想文学を代表する作家とのこと。 16編からなる短編集。タイトルに惹かれて手にとってみた。表題作は5ページ足らずの軽い作品だったが...

ケン・リュウ(古沢嘉通訳)『紙の動物園』

ケン・リュウ編訳の中国現代SFアンソロジー『折りたたみ北京』を読んでそのレベルの高さに驚き、遅まきながらケン・リュウ自身の作品も読んでみることにした。 ケン・リュウは1976年生まれの中国系アメリカ人。作品は英語で書かれているが、11歳のときに両親共々移住したので中国語も堪能なよう...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『インヴィジブル』

ポール・オースターの新作と思ったが、原書は2009年刊行らしい。10年前だ。それでも、現在邦訳されている小説の中で一番新しいことは間違いない。 第1部は語り手アダム・ウォーカーが1967年におきたルドルフ・ボルンという興味深い人物との出会いと、そのことによっておきる偶発的な事件の一...

ケン・リュウ編(中原尚哉・他訳)『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』

中国系アメリカ人SF作家のケン・リュウが現代中国のSF作家7人の作品12編(とエッセイ3編)を選んで英語に訳したアンソロジー。本書はそれをさらに日本語に訳した重訳だ。そのほか、ケン・リュウによる序文と各作家の紹介がおさめられている。 率直にいって、どれもおもしろい。それも中国ならで...

カルヴィーノ(和田忠彦訳)『魔法の庭・空を見上げる部族 他十四篇』

カルヴィーノが1946年から1958年に書いた短編の中から訳者が編んだ16篇。カルヴィーノらしい摩奇想天外な世界を期待していたのだが、全体としてリアリスティックな作品ばかりだった。10ページ前後の短い作品ばかりであっという間に読み終えられた。 一番気に入った作品は『猫と警官』。警官...

クリストファー・プリースト(古沢嘉通訳)『双生児』

今年一番読んだ本の作者をあげるとすれば、まちがいなくこのクリストファー・プリーストだ。なにせ本作品を含めて4作品を読破している。 なんと、そのなかの3作品に双生児というモチーフが含まれているのだが、本書はタイトルそのものが『双生児』だ。しかしそれは邦題だけのことであって、原題は “The Separation”...

残雪(近藤直子訳)『黄泥街』

害虫、害獣、糞尿、臭気がてんこ盛り。ひょっとすると黄泥街で一番リアルなのはそういう汚穢なのかもしれない。 少なくとも登場する人間よりはリアルだ。王四麻はいなくなったあと元々存在していたのかどうかさえわからなくなるし、救世主的な崇拝の対象となる王子光も「いったい人間であったのか、むし...

プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第三篇 ゲルマントの方へ』第一部

これまで第一篇『スワン家の方へ』、第二篇『花咲く乙女たちの影に』と、篇ごとに読み進めてきたが、今回は第三編の前半第一部だけ。というのも第6巻がでて、これで第三篇が完結したと勘違いしてしまったからだ。実は第三篇は三分冊で第7巻まで続くのだ。 語り手一家がパリのゲルマント公爵とその夫人...

Lewis Dartnel “The Knowlegde - How To Rebuild Our World From Scratch”

定冠詞をつけて『ザ・知識』と題された本。仮に今の文明世界が何らかの理由で滅亡して科学技術が失われた場合、一から復旧させるために必要な知識をまとめている。 (『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた 』というタイトルで邦訳され文庫化もされているのだが、なぜ英語版を読んだかというと、...

島田裕巳『神社崩壊』

浮世離れした本が読みたかったのだが、のっけから富岡八幡宮の宮司姉弟間の殺人事件という生臭いというか血生臭い話題からだ。神社本庁を離脱していたということから、脳内で勝手に、開明的な女性宮司が守旧的な弟に刺されるという物語をねつ造していたが、実は姉弟そろって浪費家で神社に流れ込む豊富...

呉座勇一『陰謀の日本中世史』

タイトルには「中世」とあるが、扱われている時代はもう少し広くて平安末期から関ケ原の合戦まで。第一章が保元の乱と平治の乱、第二章が平氏の滅亡・鎌倉幕府成立と義経討伐、第三章が鎌倉時代の陰謀、第四章は鎌倉幕府崩壊から室町幕府初期、第五章は応仁の乱、第六章は本能寺の変、第七章は関ヶ原の...

リチャード・パワーズ(柴田元幸訳)『舞踏会へ向かう三人の農夫』

表紙の写真を美術館ではじめてみたとき、この作品の語り手と同様、釘付けにされてしまった。着慣れない盛装で荒野の中のぬかるんだ道をどこかに向かおうとする三人の若者たち。彼らの目はまっすぐにこちらを見据えている。夢の中に出てきそうな幻想的な光景だ。 それからしばらくしてこの本の存在に気が...

高橋源一郎『日本文学盛衰史』

6月にみた舞台の原作。舞台版は4人の文学者の弔いの場面から構成されていたけど、原作では41編の連作短編の中で明治の文学者たちが自由にいろいろな場所を動き回っている。そして寄せては返す波のように同じ人物やテーマが違う角度から何度も繰り返される。時に時空をこえ(石川啄木はブルセラショ...