内田百閒『冥途・旅順入城式』

冥途・旅順入城式 (岩波文庫)

タイトルから想像できるように二冊の短編集を一冊にまとめた本。でも、ぼくは半分以上読み終えたときについうっかりなくしてしまい、結局二冊買うことになった。

解説の種村季弘の言葉があまりに的確なので引用してしまうと、百閒が描いているのは「来るべきものがいつまでも出現しないために気配のみが極度に濃密に先鋭化してしまった世界」だ。ただ、この「出現しない」というのは後期の『旅順入城式』の収録作の方が顕著で、初期作品を集めた『冥途』ではかなり不可思議なものがいろいろ出現していて、直接的に感情にうったえかけてくる作品が多い。どちらが優れているか単純にきめつけることはできないけど、ぼくは『冥途』のほうが好きだ。人間みたいな山蟻、人面牛「件」、生まれる前に死んだという兄、女に化けた狐、白子、「間男」、笑う豹、冥途をゆく父……。日本の幻想文学史上に燦然とかがやく金字塔のような作品集だと、思わず使い古された紋切り型を使ってしまうほどすばらしい。

ひとつ気がついたのが、百閒と『一人の男が飛行機から飛び降りる』などを書いているバリー・ユアグロウとの類似性だ。何の説明もなしにいきなり夢の中のような荒唐無稽な場面ではじまり、いろいろあったあと、結局説明されないまま終わるというフォーマットが共通している。バリー・ユアグロウは百閒の影響を受けているのだろうか?