福岡伸一『生物と無生物のあいだ』

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)

生命とは何か?細胞からなる、DNAを持っている、呼吸によってエネルギーを作る、というのは属性をあげているだけだし、「自己を複製するシステム」というのも一見もっともらしいけど、生命の柔軟性をとらえきれていない。

分子生物学の研究者としての経験、中でも手痛い失敗の経験から、筆者はひとつの回答にたどりついた。「生命は動的平衡にある流れである」というのがそれだ。生命は、構成する物質は絶えず破棄され補充されるという流れの中にありながら、全体としては変化していないようにみえる。そのことが生命の本質なのだ。余談だが、この考え方はとてもスピノザ的で、この平衡を保つ力をコナトゥス(自己存続力)というスピノザの用語で呼ぶことができると思う。分子生物学の知見が何もない時代に同じようなことを思いつくなんて、スピノザはほんとうに鋭い。

本書では、DNAの発見から筆者の失敗に終わった研究まで、生命の本質を追究した研究者の活動を紹介することにより、動的平衡という回答への軌跡をたどっている。内容も知的興奮が感じられて面白いのだけど、それに負けず劣らず文章がすばらしい。理系らしく明晰で、同時に詩的な文章なのだ。