阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)

鼠退治の報酬を払わなかったばっかりに笛吹き男の笛の音に導かれて子供たちが連れ去られてしまったという『ハーメルンの笛吹き男』の物語は単なるおとぎ話ではなくある程度実話らしい。事件が起きたのは1284年6月26日、いなくなった子供の数は130人だという。ただし、鼠退治の話は後世の付け足しで、笛吹き男の正体や子供たちが消えた理由については何も伝えられていない。

さまざまな解釈がなされてきた。舞踏病、子供の十字軍、事故、戦死、本書でまずとりあげられるのはヴォルフガング・ヴァンによる東ドイツ植民説だ。「子供たち」というのは実は結婚式を終えたばかりの若いカップルたちをさしていて、みんなで東の新天地を求めて移住したのだという。でも、そういう計画的な出来事なら記録にも残っているはずだし、移住という希望を感じさせる出来事とこの物語の暗いトーンが結びつかない。

ハーメルンという街の歴史、中世の人々の生活を紹介しながら、筆者が控えめに提示するのは、祭りの熱狂の果ての事故という仮説だ。まあ、真実はそんなところなのかもしれない。