殊能将之『美濃牛』

美濃牛 (講談社文庫)

長編第一作の『ハサミ男』を大絶賛しておきながら二作目の本書を読むまでえらく時間があいてしまった理由の一つは凶器に使えそうなくらいの本書の分厚さで、もう一つは、「探偵」が登場するというのをきいて、古典的でありきたりな推理小説という想像がぬぐいきれなかったためだ。

実際読んでみたら、想像は半分あたりで半分外れだった。形式的には、とてもよくできてはいるものの、トリックを含めてほんとうにオーソドックスな推理小説なのだが、ギリシア神話のミノタウロスの物語を主軸に、横溝正史へのオマージュ(というのはぼくが読みとれたわけではなく巻末の解説の受け売り)や、各章の冒頭に置かれた古今東西のさまざまな文学作品の引用が、推理小説としてのストーリーの外側に、知的で愉快なメタミステリーとでもいうような空間を作り出していた。探偵石動戯作は内側のミステリーと外側のメタミステリーをつなぐ媒介者の役割を果たしているような気がする。

その石動戯作をはじめとする主要な登場人物が参加する句会の場面は、一見物語の進行とまったく関係がなくて、メタミステリーがミステリーの中に忽然と顔を出しているような印象を与えるのだけど(だからとても好きな場面で、ほかには石動が突然歌い出す"It’s Deconstruction"なんかもそうだ)、実はそこに大きな伏線がはってあったのには驚いた。