アルフレッド・ベスター(中田耕治訳)『虎よ、虎よ!』

虎よ、虎よ! (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2) (ハヤカワ文庫 SF ヘ 1-2)

長らく絶版になっていたようだが、昨今のプチベスターブームのおかげで復刊された。

テレポーテーションが一般化し発見者の名をとってジョウントと呼ばれている25世紀。ジョウントによる経済状況の変化により太陽系では長い戦争がまきおこっていた。この物語の主人公ガリー・フォイルはなんの取り柄もない下級船員であり、攻撃を受けて破壊された宇宙船のただひとりの生き残りとして宇宙空間をさまよっていた。そんな彼のそばをある日同じ会社の姉妹船がとおりかかる。彼は必死の思いで救助信号をうち、相手もそれに気がついたはずだが、素っ気なく無視され、通り過ぎてしまった。その瞬間、彼は復讐を誓う。復讐を糧に彼は自らの救出に成功し、悪行の限りを尽くしながら、のしあがってゆく。

終盤までオーソドックスな冒険SF小説のように展開してゆくが、矛盾と狂気をはらんだ主人公フォイルのパーソナリティにひきこまれ、ピカレスクロマンとしてとてもおもしろく読めた。終盤、フォイルが改心するとともに、SFのSがScienceからSpeculativeに変わり、『ゴーレム100』の読者にはおなじみの、タイポグラフィーと比喩表現の花盛りになる。知覚が入り乱れて、音を見て、動きを聞いて、色を痛み、触感を味わい、匂いに触れるという描写の部分は、シュルレアリスム文学としてかなり高度な到達点だと思う。

この転調をどう感じるかによって、作品の評価は大きく変わると思う。個人的にはフォイルが悪漢でなくなってしまうと魅力半減と思いつつも、実験的なトーンも捨てがたいという、中立的な感想をいだいた。