フィッツジェラルド(永山篤一訳)『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

ベンジャミン・バトン  数奇な人生 (角川文庫)

映画は未見だが、ミーハー心を発揮して、原作だけでも読んでおくかと手に取ったのだった。

生まれたとき老人で徐々に若返ってゆく男を描いた表題作は、自分の経験したことしか小説にできないといわれ続けたフィッツジェラルドにしては、想像力に富んだシチュエーションだ。たぶん、逆向きの人生をたどったベンジャミンの疎外感は、フィッツジェラルド自身が感じていた疎外感そのものだったではないかな。

そのほか本邦初訳の短編が集められた本書だが、13歳のときに書いた処女作といわれる探偵小説仕立ての『レイモンドの謎』をはじめとして、目をみはる作品というのはあまりない。唯一の例外は『異邦人』という、フィッツジェラルドと妻ゼルダをモデルにしたような若夫婦が、よりよい生活を求めてヨーロッパ各地を転々とするのだが、落とし穴にはまるみたいにどんどん落ち込んでいく様を幻想的に描いた『異邦人』は文句なしに傑作。

あと、最後の『家具工房の外で』もいい作品だが、訳者はフランス語が苦手のようで、そのことが気になってしまった。まず、フランス語をカタカナ表記したフリガナが微妙にまちがっている(すべてが訳者の責任ではなく誤植や拗音が大きな文字になってしまうという制約もあるようだが)。誤訳もあって、まず冒頭近くの「良い材木が使ってあればよい」は「良い材木を使ってある必要もない」が正しい。さらに終わり近くの「うまくいったわ。デュポンのために、希望通りに人形の家を、作ってくれるって」という部分は大幅にまちがいで「デュポン家の人たちのためにいくつか人形の家を作ったことがあるっていってたわ。(わたしたちのも)作ってくれるって」が正しい。(オリジナルは “OUTSIDE THE CABINET-MAKER’S“で読める)。