いとうせいこう『存在しない小説』

存在しない小説 (講談社文庫)

久々に読みふけったという表現がふさわしい本。

「存在しない小説」とは「元のテクストをあらかじめ失ったまま、仮にひとつの翻訳のヴァリエーションとして宇宙に存在する」小説と定義されている(後からこの定義は更新されてしまうけど)。

存在しない翻訳家仮蜜柑三吉が存在しない作家の存在しない作品を翻訳したものが送られてくるという体の短編集。カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』みたいな感じかと思ったが、収録されている作品がちゃんと完結する点が異なっている。

『背中から来て遠ざかる』はイタリア系アメリカ人の青年とその家族の物語。作者はアントニオ・バルデスというやはりイタリア系のアメリカ人ということになっていて、前提知識なしに読んでいたら信じてしまう。最後に唐突に仮蜜柑氏と思しき人物が書き込まれ、次の南米ペルーを舞台にしたガルシア・マルケス的な『リマから八時間』には物語を語る語り部として堂々と登場する。このまま小説内部と裏舞台が入り乱れていくかと思いきや、次のマレーシアの首都クアラルンプールが舞台のマレー人イスラム教徒の少女と中国人華僑の夫婦の交流を描いた『あたし』からは仮蜜柑氏の影はまったく消えている。というのもこれは訳者として仮蜜柑氏の名前を詐称しいとうせいこうが自作小説をリライトしたものなのだ(という体になっている)。

次のいとうせいこう名義の『能楽堂まで』は一見彼自身をモデルにした私小説のようだが、訳者に仮蜜柑氏の名前がクレジットされていることからわかるように仮蜜柑氏の創作なのだそうだ(という体)。

そして仮蜜柑氏以外にも存在しない訳者は増殖し、成り上りの中国人の歪んだ恋と没落を描いた『ゴールド』はその一人によるもので、最後の第二次大戦とユーゴ紛争という時代をまたいだ二つの殺戮の傷跡と交錯する二つの魂を描いた『オン・ザ・ビーチ』はいとうせいこうの名前が訳者としてクレジットされている。

どの作品もクオリティーが高い。立派に「世界文学」として通用する。『ノーライフキング』はそんなにピンとこなくてそれ以降ほぼ創作の筆を絶っていたこともあり余技で書いたものなんだろうと思っていたが、いやいやとんでもない。