チャールズ・ブコウスキー(柴田元幸訳)『パルプ』

パルプ (ちくま文庫)

ブコウスキーが死の直前最後に完成させた小説。他の作品は作者の分身が主人公の私小説的な物語らしいのだけど(作者の分身チナスキーは本書のなかでは古書店主の「ついいままで飲んだくれのチナスキーがいたんだ」という言葉の中にだけ登場する)、これは私立探偵が主人公のハードボイルド小説という形をとっている。ただし探偵ニック・バレーンは酒浸りで競馬ですってばかりいる怠け者だ。さえない風采とおいぼれた身体で、ギリギリでその生活にしがみついている。

そんな彼に立て続けに調査の依頼が舞い込んでくる。死のレディーと名乗る女性に何年も前に死んでいるはずの作家セリーヌそっくりの男の調査を依頼されたりとか、何のヒントもなく「赤い雀」を探せとか、宇宙人に付きまとわれているので追い払ってほしいとか、奇妙な事件ばかりだ。案の定ニックはなかなか調査を進められずこのまま堂々めぐりを繰り返すのかと思っていると、駒が転がるように勝手に事件が解決していく。

そうこうするうちにニックがもつ人としてぎりぎりの倫理感や矜持が分かってきて、彼が愛らしく、ときにはかっこよくさえ思えてくる。そして鮮烈で感動的なラストシーン。

読み終えてみると、ハードボイルドの探偵小説というのは表面的な枠組で、実は生と死をめぐる神話的な冒険物語だった。