スティーブン・ピンカー(橘明美、坂田雪子訳)『21世紀の啓蒙』ebook

21世紀の啓蒙 上:理性、科学、ヒューマニズム、進歩

21世紀の啓蒙 下:理性、科学、ヒューマニズム、進歩

コロナで先の見通しがたたないなか前向きな本が読みたくなった。

「わたしたちは理性と共感によって人類の繁栄を促すことができる」。あたりまえで、ありふれた言葉に思えてしまうが、これこそが啓蒙主義の原則だ。理性は、もうひとつの人間の本性である、「部族への忠誠、権力への服従、呪術的思考、不運を何者かのせいにすること」と戦いを繰り広げてきた。今、これらの反理性的な本性に基づく理念を掲げる勢力が世界中で勢いづいている。本書は、その流れに対抗するために、「啓蒙主義の理念を二一世紀の言語と概念で語り直そう」とする本だ。

三部構成。

第一部は「啓蒙主義とは何か」 - 啓蒙主義を構成する4つのパーツ、理性、科学、ヒューマニズム、そして進歩を紹介する。

第二部は「進歩」。4つのパーツのうちのひとつだが、分量的に本書の大半を占める。データをベースにさまざまな側面から人類が着実に進歩していることを明らかにする。切り口と目的は異なるが、内容としては『FACTFULNESS』とかぶっているので、個人的にはけっこう退屈だった。ただ、第10章の「環境問題は解決できる問題だ」は、論争的でなかなかおもしろい。そこでは条件付き楽観主義という立場が表明されている。「これまで問題解決へと導いてくれた、現代的な善の力を維持しつづけていれば、環境問題も解決できるという」立場だ。

第三部は残りの「理性 科学 ヒューマニズム」。分量的には多くないが、本書ならではの知見が書かれているパートだ。特に第23章「ヒューマニズムをあらためて擁護する」は本書で一番興味深かった。個人的にヒューマニズムを宗教を代替できるような倫理体系として考えたことがなかった。

日本についてはほとんど触れられてないが、本書で紹介されている諸国とは、かなり異なる様相がみえてくると思う。進歩という観点から見ると、経済的な退潮はあきらかで、政治的には右派ポピュリズムと旧保守勢力がアマルガムを形成している現状がある。啓蒙主義的なスタンスで、このアマルガムに加担する現象があるようにみえるのも興味深い。誰かに『日本の啓蒙』という本を書いてほしい。

人文学者には、反啓蒙主義的なスタンスの人が少なからずいるようで、本書でも仮想敵のような扱いだ。でも、ある程度反啓蒙主義が進行してしまうと、啓蒙主義のアプローチでは反啓蒙主義的権力をサポートすることしかできない気がしていて、人文学的な「文献」解釈のアプローチが有効になってくる気がする。あと、近代の反啓蒙主義勃興の親玉としてニーチェの名前があげられて、ぼこぼこに批判されているのがおもしろい。ニーチェにも評価すべき点があるのは、ピンカーも認めているけど、人文学者たちはちゃんと切り分けられてないというのがポイントだ。

スティーブン・ピンカーがコロナについて何を言っているかしりたくなって調べたらこんな動画をみつけた。本書と同じことを言っていた。ぶれてない。

★★