フォークナー(黒原敏行訳)『八月の光』

八月の光 (光文社古典新訳文庫)

いつか読もうと思っていたフォークナーの長編にようやくチャレンジ。やはり、最初ははいちばんとっつきやすいという評判の『八月の光』だ。読書でもなんでもきっかけが大事なので、『八月の光』を読むなら八月と思って読み始めたのだが、結局読み終えたのは九月の終わりで、すっかり季節がかわってしまった。

フォークナーのほかの作品同様、舞台はアメリカ南部で、ミシシッピ州のジェファソンという架空の町だ。そこに同時期(1932年8月中旬)に集った数人の人々が主人公になっている。

  • リーナ。臨月の妊婦。アラバマからおなかの子どもの父親である恋人を追ってジェファソンまでやってきた。持ち前の楽観性でぶれることなく世の中を渡っていく。
  • バイロン・パンチ。小柄で風采の冴えない男。製材所での仕事に打ち込み、人を傷つけたり、人に害を加えないように閉じこもって生活している。ところが、製材所に恋人を訪ねてきたリーナに出会い恋をしてしまう。
  • ジョー・クリスマス。孤児として育ち、見た目は白人だが、自分に黒人の血がまじっているのではないかということが、根深い黒人差別の風土の中で、苦しみであるとともに、彼の無軌道な行動を肯定するアイデンティティーとなっている。ジェファソンでは製材所の仕事をやめて密造酒の販売で小金を稼いでいたが。愛人関係にあった家主ジョアナ・バーデンをいきがかりで殺してしまったことで追われる身となる。
  • ハイタワー。元牧師。南北戦争で戦死した祖父の幻想の中に生きているような男。そのせいで、妻の不倫や殺害などの醜聞を招き、牧師を解任されるが、そのことを代償として受け入れることで、心おきなく幻想に耽溺している。彼はバイロンの相談相手であり、やっかいな頼み事をされ、久々に外の世界に関わることになるが、結局は幻想の世界に戻っていく。

ジョー・クリスマスの歪んだ人格京成をみるにつけ、あらためてこの時代の南部の差別は信じられないものがあったと思うが、ちょうどタイムリーにアメリカを中心とするBLMの運動があり、それは決して過去のものじゃないということに戦慄を覚えた。

全体としてみれば、物語は単純だけど、多層に独白をちりばめることで、登場人物の内面を浮かび上がらせる手法がすごい。いってしまえばそれぞれ卑小な人物なんだけど、このライティングの妙で、あたかも偉大で深みのある人物のようにみえてくる。ドストエフスキー『悪霊』のようなすごみを感じた。

ジョー・クリスマスに注目が集まるが、ぼくはバイロン・パンチとハイタワーに注目したい。物語の最初ではともに人生から逃げている二人だが、終わりではバイロンは人生をはじめることを選択し、ハイタワーは自らの死を意識しながら幻想の世界に浸り続ける。どちらがいいというのではないが、その対比が劇的だ。

★★★