Haruki Murakami "Blind Willow, Sleeping Woman"

Blind Willow, Sleeping Woman

われながら、村上春樹を英語で読もうなんて、かなり倒錯していると思う。もともと英語の勉強6割、読書の楽しみ4割くらいのつもりで読み始めたのだ。

まず、英語の勉強についていえば、かなり効果はあったんじゃないか。英語圏の小説だと、言葉以前に習慣の違いで理解できないことがあったりするが、この本に関してはそれがないことが保証されている。しかも、どうしてもわからない表現にぶちあたったときでも、本屋に行けばいつでも正解を盗み読むことができるのだ。

読書の楽しみについていうと、日本語で読むよりより深く村上春樹の世界を堪能できた気がする。ひとつには、読むスピードがゆっくりになるので、ひとつひとつの表現をより深く味わうことができたといえるし、さらには、会話でも、地の文でも、日本語で読んでいると、浮いてしまっている表現が、英語だと見事にしっくりはまっているのだ。実は英語で書かれたこの本が原典で、村上春樹はとても優秀な日本語への翻訳者のような気がしてくる。

その楽しさがあったからこそ、最後まで読み通すことができたのかもしれない。ゲームブックなどをのぞけば英語のペーパーバッグを読み通したのは、はじめての快挙だった。

村上春樹自身の選で英語版独自に編まれた24編からなる短編集だ(同じ内容の日本語版が先日発売された)。せっかくなので一編ずつコメントしておこう。

“Bilind Willow, Sleeping Woman”。耳が悪い従弟のつきそいでバスで丘の上の病院に行く。よみがえる記憶。その内容が断片的に、暗示的に語られる……。たぶん、『ノルウェーの森』と同じシチュエーションで書かれたアナザーストーリーなのでは。

“Birthday Girl”。レストランでバイトをする女の子が、20歳の誕生日の夜に、とびきりにマジカルなプレゼントをもらう……。カポーティが書きそうな話だ。

“New York Mining Disaster”。短いのに複雑な構成の物語だ。台風がくると動物園に行く友人、たて続く同年代の知り合いの死と葬儀、パーディーで紹介された謎の美女、そして、最後に唐突に挿入される「ニューヨーク炭坑の悲劇」のシーン。タイトルはビージーズの曲かららしい。

“Aeroplane: Or, How He Talked to Himself as If Reciting Poetry”。抑圧された言葉。何年もの時を経てほかの人の口からそれは飛び立つ、ヒコーキの形で。

“The Mirror”。モダンホラー。こういうのも村上春樹はふつうにうまい。

“A Folklore for My Generation: A Prehistory of Late-Stage Capitalism”。古い保守的な価値観から新しい開放的な価値観への移行期特有の苦い悲劇。

“Hunting Knife”。車椅子の男と月明かりの下きらめくナイフ。これぞ短編小説という文句なしのマスターピース。

“A Perfect Day of Kangaroos”“Dabchick”。短編というより掌編といったほうがいいようなユーモラスな作品が2つ続く。

“Man-Eating Cats。閉ざされた異国の地で忽然と消え失せる恋人。長編『スプートニクの恋人』の前身。

“A ‘Poor Aunt’ Story”。‘Poor Aunt’ という言葉の感触をてがかりにどこまで飛躍できるかというオリンピック競技みたいな作品。

“Nausea 1979”。原因不明の吐き気を引き起こす謎の電話。世界の通奏低音としての無邪気な悪意。

“The Seventh Man”。何度読んでも泣ける話。「それは波だったのです」。

“The Year of Spaghetti”。スパゲティーをゆでることが文学の題材になりうることを示したのは、村上春樹の功績の一つだ

“Tony Takitani”。何段階かのステップをへて最後の最後に「ほんとうに」孤独になるトニー滝谷。ぼくは、逆に孤独で「すらない」状態の不幸について考えてみたくなる。

“The Rise and Fall of Sharpie Cakes。露骨に日本の文壇と、そこでの村上春樹作品の受容のされ方を皮肉った作品。

“The Ice Man”。村上春樹作品ではたいていの場合、生まれ育った共同体から外に出て新たな結びつきを得ることは善で幸福を得るのだけど、珍しくそうでない。

“Crabs”。う〜ん、これを読むとしばらくカニは食えない。

“Firefly”。『ノルウェイの森』の前身となった作品。

“Chance Traveler”。心温まる偶然を描いた作品。その偶然のだしに使われてしまったような女性を、物語的に救ったり、逆に見捨てたりもしないで、暖かな日射しのように寄せる関心で終わらせるのがいい。

“Hanalei Bay”。警官がいう。自然にはあちら側もこちら側もない。原因も怒りも憎しみもない。

“Where I’m Likely to Find It”。ドアのような、カサのような、ドーナツのような何か。

“The Kidney-Shaped Stone That Moves Every Day”。パーティで出会ったキリエという謎の女性との恋愛と、腎臓の形の石をめぐる不思議な物語が、シンクロしながら進んでいく。

“A Shinagawa Monkey”。猿に人生の真実を言い当てられるというのはどんな気持ちなんだろう。