ミランダ・ジュライ(岸本佐知子訳)『いちばんここに似合う人』

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

映像作家、パフォーマンス・アーティストという肩書きをあわせもつアメリカの多才な小説家ミランダ・ジュライの16編からなる短編集。

英語圏の小説家の作品の語り手はみんな目的意識が高いような気がしていた。たとえばスーパーマーケットに買い物にいくだけでも、よしこれからスーパーで牛乳1リットルとティッシュと洗剤買ってやる、ハッハッ、みたいな。でもこの短編集の登場人物はちがった。みんな自己評価が低くて、小さな自意識にくるまりながらつつましやかに生きている。その上目づかいなところとか幻想的な文体が、日本の女性作家、川上弘美や小川洋子あたりと共通点があるように感じた。ただし、幻想は川上弘美や小川洋子はストーリーで表現されるけど、ミランダ・ジュライの場合は比喩としてあらわれる。その比喩のスケールが大きくて、日常的なたわいのない物語の中に隠れている根源的な構造が突然明るみに出されたりする。そのあたりはレイモンド・カーヴァーなんかにも似ているかもしれない。

好きな作品を挙げていくと、語り手の女の子の思い込みと間抜けぶりがなんとなしに愛しくてせつない『共同パティオ』。海も川もプールもない田舎町で老人3人に水泳のコーチをする『水泳チーム』。唯一男性視点、恋愛をしないまま夢だけを育んできた男の末路を描いた『妹』(これは岸本佐知子編訳の『変愛小説集 II』にも収められていた)。

偶然出会った小さな男の子による小さないやし、『ラム・キエンの男の子』。奇妙な黒い影との恋、『2003年のメイク・ラブ』。ラストシーンがとにかくすばらしい『十の本当のこと』。アイロニーたっぷりに倦怠期の夫婦を描いた、『モン・プレジール』。