ラッタウット・ラープチャルーンサップ(古屋美登里訳)『観光』

観光 (ハヤカワepi文庫)

絶対に覚えられそうもない名前、アルファベットでは Rattawut Lapcharoensap。タイ系の名前だが、作者の国籍はアメリカ、作品も英語で書かれている。1979年にアメリカで生まれ、タイで育ち、大学からアメリカに戻る。なにからなにまでハイブリッドだ。ちなみに男性だ。

読む前は、勝手に、ハヌマーンとかピンクの象とかが乱れ飛ぶようなメタフォリカルでマジックリアリズム的な作品を想像していたのだけど、全然ちがった。7編からなる短編集。すべての作品の舞台がタイで、家族間の情愛とすれ違いがテーマになった作品が多い。昔の日本の小説家の作品みたいだった。日本の高校教科書に載っていてもおかしくない。

視覚にうったえる描写が特徴的で、どの作品もよく書けているが、最後の『闘鶏師』は格別だった。かなり長くて短めの中編小説といったほうがいいかもしれない。15歳の少女からみた、鶏たちの命となけなしの金をかけて、町のボス一家との勝ち目のない勝負にいどむ父親の姿が描かれる。人物描写がとにかくすばらしいし、比喩表現がさえわたっている。ラストシーンの決断も鮮烈だ。

ひょっとすると短編より長編向きの作家なのかもしれない。ぜひ読んでみたいところだが、文庫の解説によると、作者は今どこで何をしているかわからないとのこと。長い目で待つことにしよう。