リチャード・モーガン(田口俊樹訳)『オルタード・カーボン』

オルタード・カーボン(上)オルタード・カーボン(下)

27世紀、人の心はデジタル化され、肉体を乗り換えることにより永遠の生命が約束されていた。人類は太陽系の外に飛び出し、ニードルキャストという手段で超高速の通信が可能になっている。

元特命外交部隊のタケシ・コヴァッチは地球から186光年隔たった故郷ハーマンズ・ランドで保管刑(一定期間肉体から切り離されメモリー状態で放置される刑罰)を受けていたが、地球に召還され、新たな肉体を与えられる。有力者ローレンス・バンクロフトが殺害された事件の真相を調べて欲しいと本人(!)から依頼されたのだ。殺害といってもメモリーや肉体はいくつも予備が保管してあって簡単に復元できるが、記憶のアップデートは48時間おきなので、ちょうど殺害の前48時間の記憶は失われている。状況からは自殺としか思えず、警察にもそう処理されてしまったのだ。

舞台となる世界が物語に関係のないところまで驚くほどしっかりとつくりこまれている。人間のデジタル化を否定する「カトリック教徒」の存在、特命外交部隊時代のトラウマ的な戦闘、「不死」の世界における「死」、本作ではほとんど触れられない先住民族としての火星人、クウェルクリスト・フォークナーという思想家とその金言……。

このいささか思索的な世界で、王道のエンターテインメントが展開する。魅力的なキャラクターの造形、よく練られた伏線、エロスとヴァイオレンスの力強い描写、どれをとっても文句のつけようがない。

P.K.ディック賞受賞ということで箱入りのペーパーバック版が発売されたときから注目していたのだが、文庫が発売されていることに気がついて、遅まきながら読むことにしたのだった。

個人的にはトレップという女殺し屋が好きだ。このシリーズの続編はあと2作邦訳も含めて刊行されているが、彼女が登場したりしないだろうか。