福永信『一一一一一』

一一一一一(イチイチイチイチイチ)

6編からなる連作短編集といってよいのだろうか。『一二』、『一二三』、『一』、『一』、『一』、『二一』という奇妙なタイトル、しかも3,4,5番目は同じタイトル(タイトルといえるなら)だ。

たとえるならまだ何も書かれていない本のページのような真っ白で空虚な空間で、「語り手」と「主人公」の二人が出会うところから物語がはじまる。最初世界は完全な空白だ。二人の人物の姿形もまったく定かじゃない。そこから饒舌な「語り手」が「主人公」に関する物語=世界をほとんど身勝手といっていいくらいに創造(というか捏造か)していく。饒舌な「語り手」に対して「主人公」は「そうですね」、「たしかに」、「じつは、そうなのです」などの極めて貧困な返答しか返さないのだけど、その是認によって、妖精や会話する小動物まで登場するような物語にきちんとした輪郭が与えられ、リアルな世界として立ち上がってゆくのだ。

「主人公」はたとえば次のような人物として描かれる。高校の卒業旅行で友人とはぐれた娘、家業の自転車屋を継いだが、父親にしなれ、妻に逃げられた男、アパートに引っ越してきてエレベータに乗った男。「主人公」は生身の人間である必要はなくて bot でいい。実際そうなのかもしれない。

この世界にもほころびのようなものがある。ときおり、語り手が「なんだこれ…」「いや、気にしないでくれ、こっちのことだ。」などと言うのだ。「こっちのこと」というのはたぶん、この本の中で作りあげられている世界の外なんだろう。

全編不思議なおかしさにあふれた本だった。ページをめくるのが楽しくて仕方なかった。

★★★