レイモンド・スマリヤン(高橋昌一郎訳)『哲学ファンタジー』

哲学ファンタジー:パズル・パラドックス・ロジック (ちくま学芸文庫)

スマリヤンといえばぼくの中では数学パズルの人だけど、この本のテーマは哲学。認識と存在、生と死、魂の永遠性など哲学の定番テーマを、スマリヤンならではの論理的明晰さ、手品でも見ているような意外性、そしてユーモアあふれる筆致で描き出した哲学エッセイ集。半分くらいは複数人による対話形式なので読みやすい。著者自ら哲学の演劇化と呼んでいる。実際上演されるところをみてみたいものだ。ちゃんと数学パズルも含まれている。

全編鋭い洞察にうならされるのだけど、その中から特にすごいのを抜き出す。まず「第7章心身問題のファンタジー」の色と形が必ず一致する世界。人口の半分が色を識別できるが残りの半分はできない。こういう状況で色という属性が存在することを前者から後者に伝えることができるかという問題。これは心身問題、すなわち心理現象と物理現象の間の並行関係に対するアナロジーなのだ。色が識別できる前者が心が物理現象とは別に存在するという二元論者で、後者がすべて物理現象に還元できるとする一元論者。こういう形に単純化するとアナロジーを通していろいろ見えてくるものがある。

もうひとつは「第9章 生と死の禅」。精神的不死、すなわち肉体が死んでも精神が残るというのがどういうことなのかを分析的に思考している。いろいろおもしろいエピソードが登場する。たとえばスマリヤンj心が夢か瞑想の中で肉体が死んでバクテリアに分解されるときに意識も一緒に無数のバクテリアの塊に変化するような感覚を感じたとか、あと一元論者の論理に従えば物質が滅びるから精神も滅びるというが実際は物質は移動するだけなので精神も移動するのではないかという。

私見をいうと、生命の本質は物質そのものではなく内と外をわけて物質を内につなぎとめる「力」のことで、死というのはその力が失われることだ。この力が意識すなわち心を生み出すので、力が失われるとともに心もなくなると思っている。

スマリヤンは1919年うまれで、まだご存命らしい。この文章を書いている2013年時点で94歳だ。死が存在しないことを証明してどんどん長生きしてほしい。