西崎憲編訳『怪奇小説日和: 黄金時代傑作選』

怪奇小説日和: 黄金時代傑作選 (ちくま文庫 に 13-2)

まず「怪奇小説」という言葉について説明が必要だろう。

「怪奇小説」は英語でいうと “ghost story”。小説のジャンルを指し示す言葉で年代的にゴシック・ロマンスとモダンホラーの間にくるものらしい。ghost といっても日本でいう幽霊すなわち死者の霊的な存在が出てくるとは限らず、定義するのは一筋縄ではいかないが、とりあえずゴシック・ロマンスのロマンスにもモダンホラーの恐怖にも重きをおかないという消極的な限定はできるようだ。前代のゴシック・ロマンスとの比較でいうと「実際にあったと思われること」を「間接的に語る」という特徴が挙げられる。非日常的な空間での奇想天外な物語ではなく日常の中に紛れ込む異様なものを、必ずしも本人でない間接的な視点から客観的に語るということだ。

本書はそんな「怪奇小説」の黄金時代1850年あたりから1950年あたりくらいまでの作品を集めたアンソロジーだ。収録されているのは「怪奇小説」の黄金時代と目される19世紀半ばから20世紀半ばまでに書かれた英国、アイルランドなど英語圏の小説家の作品18編。小説家の名前を列挙すると、フィッツ=ジェイムズ・オブライエン、ヨナス・リー、マージョリー・ボウエン、エリザベス・ボウエン、ジョーン・エイケン、アーサー・コナン・ドイル、ヴァーノン・リー、トマス・バーク、J. S. レ・ファニュ、ハリフォックス卿、アン・ブリッジ、M. P. シール、J. D. ベリズフォード、H. R. ウェイクフィールド、ロバート・エイクマン、W. F. ハーヴィー、ヒュー・ウォルポール、そしてW. W. ジェイコブズ。見ての通り、シャーロック・ホームズで有名なコナン・ドイルをのぞいては英米文学に詳しい人にしかわからない名前が並んでいる。

一番怖かったのは知り合いの留守宅に時計をとりにいくという極めてシンプルで短いW. F. ハーヴィー『旅行時計』。ゴーストの正体が最後までわからないのがいい。あと、山で遭難死した男たちから一緒に登山しようという手紙が届くアン・ブリッジ『遭難』もいい。でみ一番好きなのはロバート・エイクマン『列車』。イギリスの片田舎でハイキングしている若い女性二人組が、人の姿はほとんど見えないのに山間を抜ける線路を列車が頻繁に走り抜ける周囲と隔絶した地域で、道に迷うという話で、超自然的なことはなにも起こらないのだけど、意味ありげな言及がはりめぐらされてとにかく奇妙なのだ。この作品はどちらかというとモダンホラーに近いと思う。