池内紀編訳『ウィーン世紀末文学選』

ウィーン世紀末文学選 (岩波文庫)

世紀末といってもいささか広くて1890年代から1930年代のナチスドイツによるオーストリア併合までに書かれた作品を扱っている。どれもウィーンに本拠をおいて活躍した小説家の作品ばかり16編。オーストリア併合まで生き延びた人はほとんど亡命しているのが興味深い。

オーストリアというのは奇妙な国だ。国民のほとんどがドイツ語を話しドイツ民族であるという意識を持ちながら、第1次世界大戦まではオーストリア=ハンガリー二重帝国という多民族の帝国に属し、それ以降もナチス時代以外は結果的にドイツと別の道を歩み、ウィーンという都では退廃し爛熟した文化が花開く。ちょっと日本とかぶるところがある。日本は、ドイツ的なものとオーストリア的なものが融合した姿の東洋における似姿のような気がしている。そして20世紀の世紀末もまだ終わってなくて、これからはじまるような悪寒もちょっとしている昨今。ということで本書を手に取った。

パロディーや軽い読み物、政治的な対話篇、怪奇小説、ロマンチックな恋愛小説などバラエティーに富んでいる。

その中で一番印象に残りそうなのはベーア=ホフマン『ある夢の記憶』。公園を散歩する男の意識と記憶をたどるとらえどころがない話だ。表現がやたら美しくてまるで詩のようだった。そのかわり読み進めるのにとても苦労した。どこまで読んだかすぐわからなくなってしまう。このまま一生この物語を読んでいそうな気もしてとにかくページをめくろうと勇を奮い起こしたのだった。もう一度ちゃんと読んでみなくてはいけない。そう思った。