ブッツァーティ(脇功訳)『タタール人の砂漠』

タタール人の砂漠 (岩波文庫)

数年前に読んだ短編集から久方ぶり、二冊目のブッツァーティ。

なんとなく幻想的な不条理系の話なのかと思っていたが不思議なことは何もおきない。

士官学校を卒業したばかりで将来の可能性と希望でいっぱいの青年ドローゴは国境にある砦に赴任することになる。急峻な山に囲まれ国境の北側には不毛の砂漠が広がるその土地は娯楽も出世のチャンスもなく、いつか北の王国からタタール人たちが攻めてきて武功をあげるというあり得そうもない夢が唯一のなぐさめだった。幻滅したドローゴは当初数ヶ月だけいるつもりだったが、単調な勤務と生活を繰り返すうちにどんどん月日は過ぎていき、もう引き返せない年齢になってしまう。

年老いて病気になり、失意と絶望にまみれながらも、ひとりだけ取り残された部屋の中でドローゴが最後に示すささやかな勇気と笑みに心をうたれた。

ブッツァーティの作品は幻想的といわれるけど、逆にとことんリアルな気がする。おそらくほとんどの人にとって人生はドローゴの人生そのものだ。C’est la vie.