プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第一篇 スワン家の方へ』ebook

失われた時を求めて〈1〉第一篇「スワン家のほうへ1」 (光文社古典新訳文庫)失われた時を求めて〈2〉第1篇・スワン家のほうへ〈2〉 (光文社古典新訳文庫)

いつか読もうと思っていて読めない本の代名詞みたいな作品だが、読もうと思えば読めるものだ。Kindleの電子書籍版にしたのはあとあと検索して読み返すことになるんじゃないかと思ったからだ。まだ第1篇だけだが、全7巻14冊を時間をかけて読了するつもりだ。

読む前の漠然とした印象で、主人公の記憶の中をさぐっていく幻想的でとらえどころのない作品かと思っていたがさにあらず。人間描写がとにかく鋭くて、ときに辛辣でもある。主人公の視点を飛び越えて人々の内面の声がきけたりもする。

特に『スワンの恋』と題された第2部は、まるまる、主人公からみるとガールフレンドの父親にあたるスワン氏の独身時代の苦しい恋の物語が展開される。悲恋とかでは全然なく、はたからみると滑稽この上なく、本人も幾分はその滑稽さを意識しているのだが、自分でもどうしようもできず嫉妬と喜びの間をゆらゆらよろめいているのだ。相手の女性はオデットという cocotte(高級娼婦と訳されている)。スワンが最初何とも思っていなかったオデットに美点を見いだし、恋人関係になり、社交関係をすべて犠牲にしていれあげるが、オデットに飽きられて嫉妬に苦しみ、やがてそんな恋情もさめていく、という過程が丹念に描かれている。読んでいてちょっとつらくなった。

第3部ではその小さなリフレインで主人公とスワンの娘ジルベルトの関係が描かれる。といっても二人ともまだまだ子供だ(陣取りゲーム的なことをやっているから小学生くらいだとばかり思っていたが、巻末の解説によると15歳らしい。それにしては幼すぎてちょっと疑問が残る)。これから先のさまざまな展開を予感させつつ、図式を描くくらいで第1巻は終わっていく。

同じ人の名前が違った時代の違った場面に登場して、まったく違った印象を残す。まるでひとつの旋律が、さまざまな楽器にさまざまな調性やリズムで繰り返されるように。そういうところがいちいち音楽的だ。

まだはじまったばかり。これから巻が進むにしたがって、どんなメロディーが聞こえてくるのか楽しみだ。