モラヴィア(関口英子訳)『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短編集』

薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集 (光文社古典新訳文庫)

モラヴィアというとチェコの地方の名前なので東欧の作家かと思ったがイタリアの作家だった。

書誌的な情報をざっと紹介しておこう。フルネームはアルベルト・モラヴィア。1907年に生まれて1990年に亡くなってる。けっこう多作で長編小説を20編以上書いていて日本でも多数の翻訳が出版されたが、今では読めるのは数冊しかない。本書は1935年から1945年にかけて書かれた短編を54編集めた『シュルレアリスム・風刺短編集』(1956)の中から15編を選んで翻訳したものだ。

本書の場合「シュルレアリスム」というのは幻想的くらいの意味で難解だったりすることはない。ブラックでエロチックな作風に既視感を感じて、誰の作品と似ているかなと思ったら、筒井康隆だった。

一番印象に残ったのは『夢に生きる島』。ミノタウロスよろしく王女とモグラの間に生まれた怪物が、大いびきをかきながら眠り続け、ハチャメチャな夢の内容が現実になるため、住民たちは戦々恐々と暮らしている……というボルヘスを猥雑で暴力的にしたような物語だった。

そのほか、ハナムグリが薔薇の花を訪れるシーンが性描写以上にエロチックな表題作、『パパーロ』という奇妙な動物(?)を投資のために買いこんだ男が家族ともども破滅する話、頭がとんでもない悪臭を発するがやがてかぐわしい香りに感じられてくるという奇妙な『疫病』の物語(政治主張による分断の比喩としても読める)などなど珠玉の作品揃いだ。