村上春樹編訳『バビロンに帰る ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック2』

バビロンに帰る―ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック〈2〉 (中公文庫)

数十年単位の地層の中から発掘した。今は文庫版は絶版で村上春樹翻訳ライブラリーの中の一冊になっている。

フィッツジェラルドの短編五編と村上春樹によるフィッツジェラルドをめぐるエッセイが収録されている。短編は以下の通り(数字は発表年度)。

  • 『ジェリービーン』(1920) - 社会的金銭的成功に興味がなくのらくら暮らす男ジム。美しく成長した幼なじみの娘ナンシーと再会し恋におちた彼は生き方をあらためようとするが……。
  • 『カットグラスの鉢』(1920) - ジェシー・パイパーが結婚祝いにもらったカットグラスの鉢。それは彼女の人生の節目節目に顔を出して、そのときどきの役割を果たし、残酷に彼女とその家族の運命に刻印を残していく……。
  • 『結婚パーティー』(1930) - 恋人が他の裕福な男と結婚することになり、マイケルも招待される。彼はぎりぎりまで恋人の気持ちを取り戻そうとするが彼はまとまった財産を相続し相手の男は株暴落で資産を失う……
  • 『バビロンに帰る』(1931) - 夜ごと湯水のように金を使い浴びるように酒を飲んでいたチャーリーはすべてを失ってパリをあとにした。2年ぶりにパリを訪れた彼は街や人の移り変わりに戸惑う。彼は亡き妻の姉夫婦と暮らす娘をひきとるためにパリにやってきた。その目論見はうまくいくかに見えたが……。
  • 『新緑』(1931) - ジュリアはとんでもなくハンサムな男ディックとパリで知り合うが、彼には酒という悪癖があった。二人は恋におちディックは酒を断つことを誓う。ジュリアは六ヶ月間彼がこのまま酒を飲まずに暮らせたら婚約してさらに六ヶ月後に結婚してもいいといった。月日はじりじりと流れていき……。

『結婚パーティー』をのぞいては、「フェイリュア」(失敗者)たちの物語だ。自業自得だったり運命的な偶然だったり、主人公たちは人生の底と向き合うことになる。特に『カットグラスの鉢』は物語の構造はよくある因縁物語なんだけど、描写が神がかっている。そのあまりの美しさに人生において「フェイリュア」こそが美なのではないかという錯覚をしそうになる。

村上春樹のエッセイは、フィッツジェラルドが軽い結核にかかりノースキャロライナ州アッシュビルで保養した時期についてのものだ。フィッツジェラルド自身、彼の小説の登場人物同様、アルコール依存症で、女性に対し母性的な無条件の愛情を求める人間だったようだ。