林真理子他『東京小説』

東京小説 (角川文庫)

フランスの出版社に「街の小説」というシリーズがあって、その東京版がこの本ということらしい。それぞれの作品は林真理子をはじめとするそれぞれの作家に街に関する短編小説を依頼して書いてもらったものだ。

青山を舞台にしたのが、林真理子の『一年ののち』。映画『東京マリーゴールド』の原作で、相手の恋人が留学中の間、一年間の約束で男性とつきあう女性の心を描いた作品だ。台詞のいくつかは忠実に映画でもそのまま使われていたが、映画ではマリーゴールドに象徴的な意味をもたせたりとか、キャッチボールのCMや寺尾聡の演じる叔父さんの存在で、一種主人公の成長譚に仕上がっていたが、小説のほうはそういう意味で浅い作品になっている。第一相手役のタムラが単なる情けないやつということになっている。映画では、もっと謎めいていて、それは最後まで解き明かせられないのだが。

あとは、銀座にある会社の屋上でテント暮らしをする男性―椎名誠『屋上の黄色いテント』、下高井戸に住む乗り物恐怖症の主婦の日常とふいに湧いてきた交番との不思議な縁―藤野千夜『主婦と交番』、深川の酒場、そこの常連が一人の謎の女性に寄せる感情―村松友視『夢子』、多国籍犯罪都市新宿、万引きシンナー常習の予備校生くずれと売春組織で働くフィリピン出身の少女との交流―盛田隆二『新宿の果実』。個人的なベストは『主婦と交番』。

★★