イタロ・カルヴィーノ(脇功訳)『冬の夜ひとりの旅人が』

冬の夜ひとりの旅人が

十年近く間をあけての再読だ。

あなたは今イタロ・カルヴィーノの新しい小説『冬の夜ひとりの旅人が』を読み始めようとしている。さあ、くつろいで。精神を集中して。

という一節からはじまる不思議な小説。この本では読書という行為そのものが、物語のテーマになっている。この物語で「あなた」と呼びかけられる男性主人公は、『冬の夜ひとりの旅人が』をはじめとして、いくつかの小説を読もうとするが、どの作品もちょうどおもしろくなりかけたところで、落丁があったり、本を奪われたりして、読み続けることができない。それらの作品の内容は確かにどれもバラエティーに富んでいて魅力的なのだ。

駅で待ち合わせの相手に会えなかったある組織に属する男。大家族の暮らす農場から離れて別の場所に旅立つ若者。世界の終わりを予感する神経質な男が、脱獄騒ぎにに巻き込まれる。革命の嵐が吹き荒れる中、男二人と一人の女性の不安定な関係。古い因縁を断ち切るために長年の敵を殺すことに成功した初老の男が、死体に振りまわされる。ジョギング中の大学教授がつい鳴り響く他家の電話をとると相手は…。自分の身を守るために偽の罠をあちこちに張り巡らす男がはまる罠。タカクミ・イコカという日本の作家が書いたという谷崎的隠微な世界。母親をさがして大きな屋敷にもぐりこむインディオの青年。世界の物事を消す能力を得た男が出てくる不条理SF。

本編は最初、これらの断章の間に繰り広げられる幕間のファルスみたいな内容なのだけど、女性読者が登場し、偽書を作る謎の男の影が垣間見えて、上記の本の一冊のようなスラプスティックな冒険ものになってゆく。最後は発散せずにパズルのピースがうまっていくような心地よさを与えてくれた。

★★★★