阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』

インディヴィジュアル・プロジェクション(IP)

半年前まで軍事・スパイ訓練の私塾にいた主人公は、とある事件で塾が解散に追い込まれたことから、今は渋谷で映写技師をしている。そんな主人公のバイオレンスな日常が日記形式で綴られる。そこに描き出されるのは、固有名詞などはぼくの勝手知ったる渋谷の街だが、さまざまな暴力に満ち溢れている。映画監督の青山真治など暴力をテーマの中心にすえる作品は最近多くて、そのどれにもどうも唐突過ぎる印象をもってしまうのだが、阿部和重の描く暴力にはなぜかリアリティを感じる。

さて、主人公は、同僚のチーマーとの喧嘩騒ぎやら、塾生時代に関わったヤクザの組長誘拐事件やら、少女売春やらに巻き込まれ、物語としてヒーローとしての活躍の場を提供されるのだが、途中から話者としての正当性がゆらいでくる。記憶のあちこちに欠損があったり、誰かをほかの誰かと混同したり、しまいには自分自身を他人と同一視しはじめる。というようなゆらぎが解消されないまま、カタストロフがおとずれて、主人公は一応は救い出されるのだけど、まだ悪夢は終わりじゃないよというような、ホラー映画的ラストが待っている。

というのは実はまだほんとうのラストではなくて、最後の最後に置かれた「感想」で、このテキストすべてが根底から覆されてしまうというすごい構成。

★★★