殊能将之『ハサミ男』

ハサミ男 (講談社文庫)

これだけ熱中したミステリーは久しぶりだ。殊能将之という人はおそらく7割から8割くらいの力で物語を綴っている。残りの力は物語の流れを冷静に制御するのに使われているように思われるのだ。だからこそこれだけ完成された世界が描けているのだろう。たまに本来の10割の力がかいま見えるところがあって、そこではなおさらううんとうならされる。

少女を対象にした連続殺人鬼「ハサミ男」が主人公で、次の犠牲者にしようとつけねらっていた少女が一足先に同じ手口でこらされてしまうところから物語は始まる。ときおり「ハサミ男」の前に姿を現す「医師」と呼ばれる魅力的な人物。そして追う側の警察の面々も個性的だ。真犯人そのものはあまり意外性がないのだけれどそれ以上に大きなあっといわせる謎が待ちかまえていて、ただただ脱帽するしかなかった。

「医師」には奇妙な引用癖があって殊能将之自身の博識ぶりがわかるのだけれど、その中から気に入った言葉を引用しておこう。

僕はあなたの話す巧みさのために 何も理解することができない 鶯の唄の意味がわからないように(北園克衛)