読書ノート

ジャネット・ウィンターソン(岸本佐知子訳)『オレンジだけが果物じゃない』

作者の半生をなぞったかのような自伝的小説。帯には半自伝的と書いてあったけど、自伝的成分は4分の3くらいはあるんじゃないか。 養女として預けられた父母。特に母親が、カルト的なキリスト教の分派を信仰していて、彼女も幼い頃から宗教的な教育を施され、説教師になることを嘱望されるが、女性であ...

小澤征爾×村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

小澤征爾はまぎれもない音楽のプロフェッショナルで、その語るエピソードは、有名な指揮者や演奏家に関するものにせよ、音楽のなりたちに関するものにせよ、興味深いものばかりだった。驚くのは、少なくとも音楽の演奏に関してはずぶの素人であるはずの村上春樹が、小澤征爾の話の先回りをしたり、小澤...

山野浩一『鳥はいまどこを飛ぶか』、『殺人者の空』

山野浩一の傑作短編集二編。『鳥はいまどこを飛ぶか』のほうをジャケ買いして、日本にこんな独自の世界を築き上げた小説家がいるのかと驚き、読み終わらないうちに『殺人者の空』を入手した。 1939年生まれ、小説家としては主に1960年代末から80年代初めにかけて活動した。それ以降は競馬評論...

バルザック(宮下志朗訳)『グランド・ブルテーシュ奇譚』

きっかけは、架空の人物のフルネームがタイトルになっている文学作品をさがそうと思ったことだった。古今東西の小説家をひとりひとり思い浮かべるうちに、バルザックなら絶対にフルネームタイトル作品があるはずだと思って、調べてみたら、予想通り。でも、ちょっと待て。いままで、そのバルザックの作...

速水健朗『ラーメンと愛国』

ニッチでマイナーな食べ物だった戦前の「南京そば」、「支那そば」がいかに国民食ともいわれるようになってきたかを、戦後日本の歴史と共にたどっていく。ラーメンそのものではなく、ラーメンと日本社会のかかわりに重点を置いた本だ。 第1章。戦後食糧難の時代、アメリカの余剰穀物の販売先とされた日...

グレッグ・イーガン(山岸真編・訳)『プランク・ダイヴ』

これまでイーガンを読み継いできた読者からすると、決してあたらしいアイディアが書かれているわけではない。高速なコンピュータ上で進化をシミュレートして生み出される知的存在。脳をクローンに移植して得られる永遠の生命と、自分とは何かという問。異なる数学的原理に支配される、隣接する二つの世...

『われらの時代・男だけの世界 --ヘミングウェイ全短編1--』(高見浩訳)

ヘミングウェイというとマッチョなイメージが強いけど、初期に書かれたこの短編集に収められた作品、中でも自伝的な色彩の強いものを読むと、内省的な文学青年としての側面を強く感じる。この短編集でも、戦争、闘牛、ボクシングなど血なまぐさいテーマの作品が多いけど、むしろそういう弱々しいところ...

いとうせいこう『ノーライフキング』

絶版になった新潮文庫版を探しまわってどうにかブックオフでみつけたが、河出文庫版が出ていたのだった。まあ、安く入手できたからよしとしよう。 ゲームソフトを媒介にして子供たちの間に広がる噂をテーマにした作品。本作が書かれた1988年から、インターネットとモバイルネットワークの普及にとも...

宮沢章夫『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』

『サーチエンジン・システムクラッシュ』で池袋の街の迷宮的な魅力を描いた著者が、今回舞台にするのはちょうど10年前、2001年の西新宿だ。まだ税務署通りの拡幅工事がはじまってなかったころだ。当時まだたくさん残っていた中古レコード屋の中の一軒を舞台に、自分が歌舞伎町で起きた放火事件の...

ジャネット・ウィンターソン(岸本佐知子訳)『灯台守の話』

物語る行為というのは、闇の中で自分がいる位置を見いだすための光なのかもしれない、ちょうど灯台がそうであるように。 母親に死なれて天涯孤独になってしまった少女シルバーが、灯台守のビューにひきとられる。彼女はビューが語る物語をきいて育ち、やがて自ら物語るようになる。灯台を離れ、ひとりで...

宇野常寛『リトル・ピープルの時代』

現代が、ビッグ・ブラザーが壊死し、誰もが否応なく(小さな)父として機能してしまうリトル・ピープルの時代であるという立場から、村上春樹論でその想像力の限界を指摘して、子供向け番組ながらその限界をやすやすと乗り越えたシリーズと平成版仮面ライダーを紹介する。 ぼくは村上春樹のファンで、ほ...

菊地成孔+大谷能生『憂鬱と官能を教えた学校 〜【バークリー・メソッド】によって俯瞰される20世紀商業音楽史 調律、調性および旋律・和声』

もとから音楽の理論を一般教養程度でもかじっておきたいと思っていて、このところラジオなどでファンキーでリズミカルなトークにアディクト気味の菊地成孔さんの著書ということもあり、渡りに舟と、手に取った。目次を追っておくと、「調律」(1回)、「調性」(2回)、「旋律・和声」(6回)、「律...

オーウェン・コルファー(安原和見訳)『新・銀河ヒッチハイクガイド』

英国風のシニカルでナンセンスなユーモアとSFが結合した面白さに心ときめいた『銀河ヒッチハイクガイド』三部作も、第四作、第五作と、はじけたところがなくなり気が滅入るような感じになってきて、そのまま作者のダグラス・アダムスが若くして亡くなってしまったから、新作が出るなんて、まったく予...

ジェイムズ・ジョイス(柳瀬尚紀訳)『ダブリナーズ』

たぶん、『ダブリン市民』とか『ダブリンの人々』というタイトルだったら、手に取ってなかっただろう。『ダブリナーズ』の語感にひかれて読もうと思ったのだ。 アイルランドの首都ダブリンを舞台に、そこで生活する人々を描いた15編の短編集。アイルランドの宗教、政治、文化に関する言及が頻出するの...

野矢茂樹『哲学・航海日誌 I・II』

平易な(ときによって必要な程度に入りくんだ)言葉を読んでいるうちに、いつの間にか哲学的な思考の深みへと連れて行ってくれる本。得てして、そういう深みは、神秘のヴェールに隠されて結局よくわからないままだったり、抽象的すぎて不毛だったりするものだが、本書では、たくみなバランス感覚とでも...

カズオ・イシグロ(入江真佐子訳)『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロは、望みや使命を果たすことができず何らかの悔恨、失意とともに生きるようになった人を一貫して描いているような気がする。この作品でも、長じて探偵として活躍するようになった主人公が、満を持して生まれ故郷の上海に戻り、少年時代に相次いで失踪した両親の行方を追跡するが、日中...

前野隆司『脳はなぜ「心」を作ったのか 〜「私」の謎を解く受動意識仮説』

著者は脳科学者でも心理学者でもなく、ロボット、コンピュータに明るい工学畑の人。明晰でわかりやすい文章ですらすら読むことができた。 人間の「意識」は何のためにあるかという疑問にあっさり答えてしまう本。著者の主張はとてもシンプルだ。「意識」=「私」は、心の持つその他の機能、「知」、「情...

青山拓央『新版 タイムトラベルの哲学』

SF映画など虚構の世界では、自明なことみたいに描かれているけど、タイムトラベルというのが具体的にどういう現象をさしているのか考えれば考えるほどわからなくなる。何が移動するのか?移動してたどりついた世界は移動する前の世界とどういう関係なのか?つまり、タイムトラベルは可能か、という疑...

森山徹『ダンゴムシに心はあるのか 〜新しい心の科学』

のそのそした動きと危機を察知すると丸くなってしまう臆病さが他人と思えなくて、ダンゴムシは(どこが肩かわからないが)つい肩を持ちたくなる存在だ。そのダンゴムシに心があると聞いては、読まずにいられない。オカルトでもトンデモでもなく、自然科学の立場から書かれた本だ。 自然科学なので、まず...

最所フミ編著『英語類義語活用辞典』

英和辞典をひくと同じような意味が載っている複数の単語。それぞれ、微妙にニュアンスが異なり、こういうときには使えるけど、こういうときには使えないという違いがある。いわゆる語感というやつで、それをつかむにはたくさんの英語の例文をこなしていくしかないと思っていたが、画期的な本をみつけた...