四方田犬彦『モロッコ流謫』

夏になると遠くの知らない町にいくかわりに知らない町を舞台にした本を読みたくなる。アフリカ大陸の北端地中海に面したモロッコはそういう旅情のもっえいきどころとしてぴったりな国だ。著者の四方田犬彦さんの本を読むのは『月島物語』以来だ。東京下町の月島の長屋に定住する内容だったけど、あれも...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『闇の中の男』

年老いた男が閉ざされた部屋の中でもうひとつの世界の物語と向き合うという、前作『写字室の旅』と対になる内容。大きな違いは、自分の名前を含めて記憶をなくしてどこともわからぬ部屋に閉じ込められるという抽象的な設定だった前作とちがって、今回はリアルなこと。 主人公オーガスト・ブリルは72歳...

スピノザ( 吉田量彦訳 )『神学・政治論』

『神学・政治論』の70年ぶりにでた新訳。21世紀のスピノザ主義者を自認する(間違って名付け親を頼まれたらエチカという名前を提案しようと思っている)ぼくとしては読んでおかなくてはいけないと、使命感にかられて手をだす。訳者後書きに「直訳に置き換えてしまえば五分で済むところを、半日かけ...

酉島伝法『皆勤の徒』

はじめてお金を出して買ったKindle本。 暴走するナノマシーン、人格のデジタル化、サイバーパンク的仮想世界、さまざまな異形に進化した人類、知性をもつ惑星など最先端のSFのアイディアがてんこ盛りの上に、「塵機」、「兌換」、「形相」など用語が独特で初見では字面からぼんやりと想像するこ...

野矢茂樹(文)、植田真(絵)『ここにないもの〜新哲学対論』

エプシロンとミューの2人が、散歩したり食事をしたりしながら、哲学なテーマについて語り合う。エプシロンは日頃から哲学的なことを考えているいわば哲学オタクだが、ミューは天然キャラで時折エプシロンの虚をつくようなことをポロッと口に出したりする。2人の会話にほとんど哲学の専門用語は登場し...

J. D. サリンジャー(村上春樹訳)『フラニーとズーイ』

たまたま野崎孝訳版の『フラニーとゾーイー』を読んだのはけっこう最近だった。まだ記憶が新しいうちに再び読むことができたのはこの小説に関してはとても良いことだったと思う。一度目手探りで物語の世界を這い進んだときと比べて今回はどこにになにがあるかほぼ勝手がわかっていたので、迷いなくかつ...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『鍵のかかった部屋』

『写字室の旅』に触発されて再読。『ガラスの街』と『幽霊たち』とともに、ニューヨーク三部作を構成する作品。三部作といってもストーリーはまったく関連していない。ミステリー仕立ての構成が共通しているのと、舞台がニューヨークであること、そして『ガラスの街』の至要な登場人物が本書にも端役と...

村上春樹『女のいない男たち』

タイトルから、とうとう村上春樹が非モテを主人公にした小説書くのかと思ったがちがった。基本モテだが、女性にさられてしまった男たちの物語だった。まず、巻頭に村上春樹にかつてない「まえがき」がついていて、この短編集の成立過程を「業務報告」的にさらりと書いてあって、これまでと違う感じを受...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『写字室の旅』

ポール・オースター、柴田元幸のコンビは翻訳という感じがしない。もとから日本語で書かれたみたいにすいすい読み進めてしまう。 老人がひとり部屋の中で深い物思いにふけっている。彼は自分がなぜそこにいるのか覚えていない。自分が何者なのか、名前すら思い出せない。何人かの人々が彼を訪ねてくる。...

戸田山和久『哲学入門』

タイトルから、古今東西で培われてきた哲学という壮大な分野全体への入門書と勘違いされそうだが、ある意味本書で扱うのはそのほんのごく一部、しかもかなり端の方とみなされてきた部分だ。自然科学が発達した現代、哲学が扱う領域やスタイルも変わってしかるべきじゃないかという筆者の問題提起、つり...

ブッツァーティ(脇功訳)『タタール人の砂漠』

数年前に読んだ短編集から久方ぶり、二冊目のブッツァーティ。 なんとなく幻想的な不条理系の話なのかと思っていたが不思議なことは何もおきない。 士官学校を卒業したばかりで将来の可能性と希望でいっぱいの青年ドローゴは国境にある砦に赴任することになる。急峻な山に囲まれ国境の北側には不毛の砂漠...

池内紀編訳『ウィーン世紀末文学選』

世紀末といってもいささか広くて1890年代から1930年代のナチスドイツによるオーストリア併合までに書かれた作品を扱っている。どれもウィーンに本拠をおいて活躍した小説家の作品ばかり16編。オーストリア併合まで生き延びた人はほとんど亡命しているのが興味深い。 オーストリアというのは奇...

オーソン・スコット・カード(金子浩他訳)『無伴奏ソナタ』

なんとなくSF短編が読みたくなってタイトル買い。70年代末、作者のキャリアがはじまったばかりのときに出た短編集。最近映画化された『エンダーのゲーム』をはじめシリーズものばかり書いている印象だったので、これも通俗的なエンタメSFなんだろうと思ってよ読み始めて、冒頭の『エンダーのゲー...

ロバート・クーヴァー(越川芳明訳)『ユニヴァーサル野球協会』

しがない会計士ヘンリー・ウォーは、毎夜自分でルールを決めた野球ゲームの試合に没頭していた。ひとりでサイコロを振って、ユニヴァーサル野球協会に属する全8チームの試合を進行し、記録をつけるのだ。サイコロの目は、野球のプレイだけじゃなく、選手の人生も決める。生や死さえも。選手はそれぞれ...

町田康『ゴランノスポン』

久しぶりの町田康の短編集。今までの印象だと、町田康の小説の主人公は多かれ少なかれ彼自身を韜晦して変形した自堕落な自己像なんだけど、今回新しい要素が入ってきた気がする。表題作『ゴランノスポン』の貧しく空虚な日常を前向きな意識で虚飾し続ける若者、『一般の魔力』の他者への悪意に凝り固ま...

西崎憲編訳『怪奇小説日和: 黄金時代傑作選』

まず「怪奇小説」という言葉について説明が必要だろう。 「怪奇小説」は英語でいうと “ghost story”。小説のジャンルを指し示す言葉で年代的にゴシック・ロマンスとモダンホラーの間にくるものらしい。ghost といっても日本でいう幽霊すなわち死者の霊的な存在が出てくるとは限らず、定...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『白熱光』

奇数章と偶数章で異なった人々による異なった世界の物語が語られる。 「百万年後の未来, 銀河系は二つの世界にわかれていた。融合世界とよばれる、巨大な相互協力的メタ文明と、銀河中央部を静かに占有する孤立世界。孤立世界は融合世界が彼らの領域に侵入することを長らく拒んできたが、旅人がショート...

マイクル・コーニイ(山岸真訳)『パラークシの記憶』

書かれた時代も国も違うが直前に読んでいた『ドグラ・マグラ』とひとつ大きな共通点がある。どちらも記憶の遺伝が小説の中の大きな要素として登場するのだ。折も折、ちょうどこの2冊を読んでいるときに、ネズミの記憶が父から子へ遺伝するという研究成果が発表され、驚いた(さらなる研究が必要だと思...

夢野久作『ドグラ・マグラ』

再読なのだが、この小説の主人公のようにほとんどすべて忘れていた。主人公の若い男性が、精神病院の個室でまったく記憶がないまま目を覚ますところからはじまるたった一日の物語だ。 『ドグラ・マグラ』がどういう物語かということは実はこの小説自身の中で語られている。この小説が患者のひとりが書い...

ヴィアン(野崎歓訳)『うたかたの日々』

フランス文学には若干苦手意識を感じていたが、ミシェル・ゴンドリー監督による映画『ムード・インディゴ』をみて原作を読んでみたくなった。読んでみたら思ったより映画と同じで驚いた。原作は言葉遊びが多いが、それが一部映像の遊びに置き換えられているが、原作の幻想というか幻覚としか思えない視...