ジャネット・ウィンターソン(岸本佐知子訳)『灯台守の話』

物語る行為というのは、闇の中で自分がいる位置を見いだすための光なのかもしれない、ちょうど灯台がそうであるように。 母親に死なれて天涯孤独になってしまった少女シルバーが、灯台守のビューにひきとられる。彼女はビューが語る物語をきいて育ち、やがて自ら物語るようになる。灯台を離れ、ひとりで...

宇野常寛『リトル・ピープルの時代』

現代が、ビッグ・ブラザーが壊死し、誰もが否応なく(小さな)父として機能してしまうリトル・ピープルの時代であるという立場から、村上春樹論でその想像力の限界を指摘して、子供向け番組ながらその限界をやすやすと乗り越えたシリーズと平成版仮面ライダーを紹介する。 ぼくは村上春樹のファンで、ほ...

菊地成孔+大谷能生『憂鬱と官能を教えた学校 〜【バークリー・メソッド】によって俯瞰される20世紀商業音楽史 調律、調性および旋律・和声』

もとから音楽の理論を一般教養程度でもかじっておきたいと思っていて、このところラジオなどでファンキーでリズミカルなトークにアディクト気味の菊地成孔さんの著書ということもあり、渡りに舟と、手に取った。目次を追っておくと、「調律」(1回)、「調性」(2回)、「旋律・和声」(6回)、「律...

オーウェン・コルファー(安原和見訳)『新・銀河ヒッチハイクガイド』

英国風のシニカルでナンセンスなユーモアとSFが結合した面白さに心ときめいた『銀河ヒッチハイクガイド』三部作も、第四作、第五作と、はじけたところがなくなり気が滅入るような感じになってきて、そのまま作者のダグラス・アダムスが若くして亡くなってしまったから、新作が出るなんて、まったく予...

ジェイムズ・ジョイス(柳瀬尚紀訳)『ダブリナーズ』

たぶん、『ダブリン市民』とか『ダブリンの人々』というタイトルだったら、手に取ってなかっただろう。『ダブリナーズ』の語感にひかれて読もうと思ったのだ。 アイルランドの首都ダブリンを舞台に、そこで生活する人々を描いた15編の短編集。アイルランドの宗教、政治、文化に関する言及が頻出するの...

野矢茂樹『哲学・航海日誌 I・II』

平易な(ときによって必要な程度に入りくんだ)言葉を読んでいるうちに、いつの間にか哲学的な思考の深みへと連れて行ってくれる本。得てして、そういう深みは、神秘のヴェールに隠されて結局よくわからないままだったり、抽象的すぎて不毛だったりするものだが、本書では、たくみなバランス感覚とでも...

カズオ・イシグロ(入江真佐子訳)『わたしたちが孤児だったころ』

カズオ・イシグロは、望みや使命を果たすことができず何らかの悔恨、失意とともに生きるようになった人を一貫して描いているような気がする。この作品でも、長じて探偵として活躍するようになった主人公が、満を持して生まれ故郷の上海に戻り、少年時代に相次いで失踪した両親の行方を追跡するが、日中...

前野隆司『脳はなぜ「心」を作ったのか 〜「私」の謎を解く受動意識仮説』

著者は脳科学者でも心理学者でもなく、ロボット、コンピュータに明るい工学畑の人。明晰でわかりやすい文章ですらすら読むことができた。 人間の「意識」は何のためにあるかという疑問にあっさり答えてしまう本。著者の主張はとてもシンプルだ。「意識」=「私」は、心の持つその他の機能、「知」、「情...

青山拓央『新版 タイムトラベルの哲学』

SF映画など虚構の世界では、自明なことみたいに描かれているけど、タイムトラベルというのが具体的にどういう現象をさしているのか考えれば考えるほどわからなくなる。何が移動するのか?移動してたどりついた世界は移動する前の世界とどういう関係なのか?つまり、タイムトラベルは可能か、という疑...

森山徹『ダンゴムシに心はあるのか 〜新しい心の科学』

のそのそした動きと危機を察知すると丸くなってしまう臆病さが他人と思えなくて、ダンゴムシは(どこが肩かわからないが)つい肩を持ちたくなる存在だ。そのダンゴムシに心があると聞いては、読まずにいられない。オカルトでもトンデモでもなく、自然科学の立場から書かれた本だ。 自然科学なので、まず...

最所フミ編著『英語類義語活用辞典』

英和辞典をひくと同じような意味が載っている複数の単語。それぞれ、微妙にニュアンスが異なり、こういうときには使えるけど、こういうときには使えないという違いがある。いわゆる語感というやつで、それをつかむにはたくさんの英語の例文をこなしていくしかないと思っていたが、画期的な本をみつけた...

リチャード・モーガン(田口俊樹訳)『オルタード・カーボン』

27世紀、人の心はデジタル化され、肉体を乗り換えることにより永遠の生命が約束されていた。人類は太陽系の外に飛び出し、ニードルキャストという手段で超高速の通信が可能になっている。 元特命外交部隊のタケシ・コヴァッチは地球から186光年隔たった故郷ハーマンズ・ランドで保管刑(一定期間肉...

ウィリアム・シェークスピア(小田島雄志訳)『テンペスト』

寓話的なストーリーで演出家のさまざまな解釈を誘ってきた作品だが、震災、原発事故を経験した今、新たなアクチュアルな意味を持つんじゃないかと思って、きちんと読んでみることにしたのだった。 ストーリーはきわめてシンプル。12年前奸計に陥って、ミラノ大公の地位から追い落とされ、幼い娘ミラン...

原武史『「鉄学」概論〜車窓から眺める日本近現代史』

単なる鉄道趣味じゃなく、鉄道を媒介にして日本の近現代を俯瞰してみようという本。筆者はそのやり方を学問に模して「鉄学」と呼んでいる。 具体的にとりあげられる人名や事件をあげていくと、内田百閒、阿川弘之、宮脇俊三、永井荷風、大正天皇、昭和天皇、小林一三、五島慶太、堤康次郎、1972年荒...

吉田篤弘『つむじ風食堂の夜』

実はずっとこの本のことが気になっていた。たまたま映画をDVDでみて、やっぱり予想した通り面白くて、ようやく原作に手を出した。結果、ものすごく忠実な映画化だということがわかった。 月舟町という、路面電車の走るノスタルジックな町が舞台。「雨降り先生」と呼ばれるしがない物書きの主人公は、...

カズオ・イシグロ(古賀林幸訳)『充たされざる者』

<img src=“http://i1.wp.com/ecx.images-amazon.com/images/I/411xB-d1cNL._SL160_.jpg?w=660" alt=“充たされざる者 (ハヤカワepi文庫)” class=“alignleft” style=“float: left; margin: 0 20px 20px 0;”” data-recalc-dims=“1” /> 以前『日の名残』を読んだときには、「すごい」というより「うまい」というタイプの作家かと思ったが、謹んで訂正したいと思う。カズオ・イシグロはすごい。 文庫で900ページ以上ある大作だが、一...

加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』

刊行されたのはもう2年近く前だけど、東日本大震災と原発事故のコンボで第二の敗戦なんていう向きがある昨今、なかなかタイムリーな本だった。 タイトルからてっきり一般の日本人が戦争の時に何を考えたかと本かと思っていたが、明治維新以来日本がかかわった戦争について、日本や関係国の為政者や軍人...

町山智浩『トラウマ映画館』

町山さんのポッドキャスト『アメリカ映画特電』を毎回楽しみにきいている。その博識と話芸で実際にその映画をみるよりもその映画のことが深く理解できるし、しかももっと感動できるような気さえする。 本書でとりあげられているのは、公開はされたものの、あまりにも暗かったり衝撃的だったりで、その後...

ジュノ・ディアス(都甲幸治、久保尚美訳)『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』

タイトルの印象で、オスカー・ワオという傑出した個性と能力をもった主人公が活躍する、(いい意味で)荒唐無稽な冒険SFかと思っていた。実際読み始めても、『指輪物語』やSF、アメコミからの膨大な引用でその印象が裏切られることはなかった、オスカーが予想していたのと違ってかなり情けないオタ...

原武史『滝山コミューン一九七四』

<img src=“http://i2.wp.com/ecx.images-amazon.com/images/I/41oJUMLQNSL._SL160_.jpg?w=660" alt=“滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)” class=“alignleft” style=“float: left; margin: 0 20px 20px 0;”” data-recalc-dims=“1” /> 思い返せば、小中学校では理不尽で窮屈なことが多かった。だが、毎朝学校に行くのがいやでたまらなかったこと以外、細かいことはもうあまり覚えていない。 本書の中で、筆者は、30年以上前(197...