M・コーニイ(山岸真訳)『ハローサマー、グッドバイ』

帯にはSF恋愛小説の最高峰なんて銘打たれているし、M・コーニイなんてほとんど聞いたことないし、どうしようかなと思っているうちに、夏が終わりそうになったので、あわてて手に取り、ぎりぎり8月中に読み終えることができたのだった。 主人公である思春期の少年、少女の恋愛描写に特に新味はないの...

小島寛之『容疑者ケインズ』

筆者の書いた数学関係の本は何冊か読んだけど、本書は本職である経済学の啓蒙書だ。140ページちょっとで薄いし文字も大きいけど、内容は濃密で、マクロ経済学の嚆矢であるケインズの理論のだめなところをだめと断じた上で、そのエッセンス(+その発展)を現代の学説上で拾い上げて、いわば推定無罪...

高橋昌一郎『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』

『理性の限界』という挑発的なタイトルがつけられているが、欲望に負けて……、というような通俗的な物語ではなく、ときとして万能に思える人間の理性に、原理的に備わっている三つの限界を朝生のスタイルで楽しく紹介している。 まずは、選択の限界。複数人が民主的に何か...

中平卓馬『なぜ、植物図鑑か 中平卓馬映像論集』

写真家中平卓馬の1967年から1971年にかけての評論集。もともと編集者なので、感覚的なところは少なくて、どこまでもロジカルでかつ戦闘的だった。そういう意味では写真家中平卓馬としての著作ではなく、評論家中平卓馬の著作といったほうがいいかもしれない。このあと1977年に生死の境をさ...

チェーホフ(松下裕訳)『チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集 I』

1880年から1887年、つまりチェーホフが20歳から27歳までに書いた掌編・短編から65編をよりすぐったもの。タイトルが示すように軽いユーモア小説ばかりで、特に前半は、どうもピンとこなかったり、若い頃に特有のシニカルさが上滑りしたような作品が多くて、退屈で、あくびをこらえながら...

稲葉振一郎『増補 経済学という教養』

本書は経済学の素人を自認する筆者が同じく素人のために書き上げた経済学の入門書であり、読んだ人がずぶの素人から(筆者のような)筋金入りの素人になることが目標だ。 素人ならではの大胆さというか、不平等(=格差)、不況などの身近な切り口から、経済学内部の対立をあぶりだし、わかりやすく整理...

堀江敏幸『回送列車』

堀江敏幸のエッセイを読むのははじめてだけど、はじめてという気がしないのは、これまで読んだ堀江敏幸の小説は作者自身とおぼしき姿がちらつくエッセイ的なものが多かったせいだ。それがぼくだけの印象でなく筆者自らもそう思っていることは、本書のなかで以下のように語られていることからもわかる。...

モーム(中野好夫訳)『雨・赤毛』

サマセット・モームの作品を読むのは、中学生の時に読んだ『月と六ペンス』以来ではなかろうか。 雨あられと微妙に韻を踏んでいるけど、『雨・赤毛』という単独の作品ではなく、『雨』、『赤毛』それに『ホノルル』という南太平洋を舞台にした作品3編からなる短編集。いつになく本格的な梅雨に嫌気がさ...

町田康『浄土』

ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!ビバ!カッパ!...

ブッツァーティ『神を見た犬』

1906年に生まれ1972年に亡くなったイタリアの小説家ブッツァーティの短編集。 ブッツァーティなんて(日本人にとっては)とてもおぼえにくい名前だけど、難解なところはどこもなく、訳文もこなれていてとても読みやすかった。 おおざっぱにジャンルに関連づけると幻想文学ということになるらしい...

森山大道『犬の記憶』、『犬の記憶 終章』

森山大道本人の言葉を借りるなら、「自身の記憶に基づき、僕を通り過ぎた時間にあった幾多の出会いや出来事について、撮り、記すこと」というテーマはどちらの本も共通しているが、タッチはかなり違っていて、1980年代はじめに書かれた『犬の記憶』は、微細なひとつひとつの記憶の根源をクローズア...

シオドア・スタージョン(矢野徹訳)『人間以上』

形式的には長編小説ではあるが、ひとつのテーマのもとに書かれた3つの中編小説といったほうが近いかもしれない。この作家の本領は短・中編と思ったぼくの直感はそれなりに正しかったようだ。 世間から見捨てられているが実は超能力をもつ子供たちが登場するいわばミュータントものなのだけど、特筆すべ...

飯沢耕太郎『増補 戦後写真史ノート 写真は何を表現してきたか』

本書は日本の戦後の写真表現の歩みを概観しようとした本であり、太平洋戦争の終結から現代までを昭和20年代、30年代、40年代、50年代以降、そして1990年以降(岩波現代文庫収録にあたり増補された章)といういくつかの年代に区切って、そのときどきに活躍した写真家、起きたムーブメント、...

夏目漱石『私の個人主義』

漱石が満州で行った幻の講演の内容が明らかになったというニュースが耳新しい今日この頃、ではまずとうの昔に発見済みの講演を読んでみようと思った。 収録されている講演は5編。最後の『私の個人主義』は1914年すなわち漱石の死の2年前に学習院の学生向けに行われた講演、そのほかは1910年に...

思想地図 vol.1 特集・日本

東浩紀、北田暁大両氏編集による論文誌の体裁をとった書籍あるいは、書籍の皮をまとった論文誌。第一弾は「日本」という一見とらえどころのなさそうなテーマだが、大きく、ナショナリズムと公共性の問題、およびサブカルチャーという二つの核をめぐる論文、討議録が掲載されている。 サブカルチャーは門...

堀江敏幸『河岸忘日抄』

あわただしい労働の日々を抜けだし、異国の河岸に繋留された船の上で半ば隠遁生活を送る「彼」。彼は動かない船の中でただ「待機」する。一見悠々自適の毎日だが、静止した水鳥が水面下で激しく足を動かしているように、彼の思考もまた足下を深くえぐってゆく。それは「ぼんやりと形にならないものを、...

リチャード・ブローティガン(藤本和子訳)『芝生の復讐』

62編からなる短編集。1編あたり4ページ弱で綴られるのは、小説というよりむしろ散文で書かれた詩といった方がいいかもしれない。たとえるなら小説の川が詩の海に流れ込む直前に生息する珍しい微生物たちといったところだろうか。 ブローティガンの幼少時の記憶、家族の話、恋愛、知り合いから聞いた...

ゴーリキイ(中村百葉訳)『どん底』

ケラリーノ・サンドロヴィッチ演出の舞台をみて、どの部分が脚色でどの部分がオリジナル通りなのか知りたくなって、原作を手に取った。結論としては、ストーリーや重要なセリフの持つ意味などは変えられていないが、細部にはかなり手が入っていた。ギャグの部分が全面的に書き換えられているのは当然と...

シオドア・スタージョン(若島正他訳)『海を失った男』

8編からなる短・中編集。読む前は、シオドア・スタージョンは甘ったるい通俗的なSFを書く人だと勝手に思い込んでいたけど、もちろんそれは大間違いのこんこんちき号だった。 長編を読んでないのであれだが、たぶんストーリーテリングではなく文体やテーマ性で読ませるタイプだ。その関心はSF作家が...

川上弘美『古道具 中野商店』

一時期川上弘美の作品を読みふけったことがあったが、いつの間にか5年以上ごぶさたしていた。作風的には寡作という印象があるが実はかなり多産で、その間に何冊も本がでていたようだ。 中野商店というアンティークというより古道具という言葉が似合いそうな骨董屋を舞台に、そこで働く人々や訪れる人々...