読書ノート

サローヤン(伊丹十三訳)『パパ・ユア・クレイジー』

少なくともこの日本では、サローヤンは徐々に忘れられつつあるようで、過去に文庫化されているはずの作品をほとんどみかけなくなっている。『パパ・ユア・クレイジー』が入手できるのも、作者のサローヤンではなく訳者の伊丹十三が最近なぜか注目されているからだ。でも、その訳はお世辞にいい訳とはい...

森岡正博『感じない男』

立心偏に生きると書いて「性」だけど、ちょっと世の中それに振り回されすぎだなと思うことがある。少なくとも男性にとっては、それはそれほど気持ちのいいものではない。だから、多くの男性はもっと気持ちのいいことがあるのではないかと妄想をふくらませ、身勝手な欲望を抱いたりするというのが、本書...

村上春樹『国境の南、太陽の西』

とりあえずこれで、さぼって読んでいなかった村上春樹の作品(少なくとも長編)は読めたはず。はるか以前に読んだ『羊をめぐる冒険』、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』などはもうほとんど忘れかけているが。すばらしかったということだけ覚えている。 ミステリアスなラブストーリー。...

保坂和志『明け方の夢』

夢の中で猫になっていた。それは現実以上にリアルな夢で、彼自身は夢だと思っているものの、ほんとうにそうなのかどうかはわからない。 猫であることはすばらしい。足のまわりの触毛を使えばどんなにでこぼこな地面でもなめらかに歩くことができるし、におい、音など入ってくる情報量がはるかに多い。人...

ウィリアム・サローヤン(関汀子訳)『ヒューマン・コメディ』

「次の瞬間、世界でいちばんすきなもの、貨物列車のとどろきと蒸気の音が遠くに聞こえた。ユリシーズは耳を澄まし、列車の動きにつれて地面が震動するのを確かめると、走り出した。この世のどんな生き物より早く(ママ)走っているつもりだった」というパラグラフを読んだら、貨物列車のそばまで一緒に...

戸山田和久『科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法論を探る』

科学(正確には自然科学)は人間の知的活動の中でもっとも成功しているものといっていいだろうが、それじゃ、その科学っていったいどういうもの?といったことを研究している学問も別にあって、「科学哲学」と呼ばれている。 その中にはいろいろな立場があって、たとえば電子の存在についても合意できて...

北田暁大『嗤う日本の「ナショナリズム」』

偏狭なナショナリズムをふりかざしてものいう人々はどうしようもないと思うが、それを批判する論調もどこかずれていて、問題の核心に届いてないと思ってきた。タイトルからするとこの本もまたそうした批判本のひとつかと思わせるが、そうではなく、「アイロニー」の歴史的変遷をたどり、なぜアイロニー...

村上春樹『スプートニクの恋人』

このところ村上春樹の作品を集中的に読んでいるけど、英米文学をあらためて日本に移入しているという感じを強く持つ。明治の文明開花期に一度そういう仕事が集中的になされたのだけど、いつの間にか日本文学は鎖国的に独自の道を歩むようになっていった。そこに新しい血(「犬の血」かもしれない)を注...

小田中直樹『フランス7つの謎』

ことあるごとに日本という国はどこか変だと思うぼくではあるが、もしフランスで暮らすことがあれば、激しいカルチャーショックに見舞われ、日本最高とつぶやくであろうことも、また間違いのないところだ。 本書は、身近に感じている割にとことん異質な国フランスについて、7つの理解しがたい点を挙げ、...

村上春樹『アフターダーク』

目にしているのは都市の姿だ。 長い冬の夜。物語は23時56分のファミリーレストランからはじまる。ふつう三人称で語られる小説の語り手は決して表面に現れず、特権的な高みから淡々と物語るものなのだけれど、この物語では、視点の移動があからさまに語られ、彼(ら)あるいは彼女(ら)は自分(たち...

村上春樹『海辺のカフカ』

物語の骨格だけたどると15歳の少年の精神的成長を描いた典型的なビルドゥングスロマンなのだけど、メタフォリック、つまりメタファーとしてしか理解し得ないようなキッチュでオカルティックな出来事が次から次へと連鎖する。たとえば空から魚やヒルが降ってきたりだとか、夜な夜な少女の幻影が部屋を...

舞城王太郎『煙か土か食い物』

人は死ねば「煙か土か食い物」になる。そうなるまでの間はとにかく全速力で駆け抜けるしかないといわんばかりの、スピード感あふれる文章。その速度の中で、さまざまなことが起きる。 サンディエゴのERに勤める四郎は、母親が頭をなぐられて意識不明になったという知らせをきいて、故郷である日本国福...

宮沢章夫『サーチエンジン・システムクラッシュ』

迷宮としての池袋。現代の迷宮は自分がどこにいるかはわかっているものの、目的と行先がわからないのだ。 主人公の男性は、殺人を犯した旧友が語ったという言葉の「声」を求めて、最後に彼とあった場所、池袋の風俗店に続く階段を探す。だが、その場所の代わりに得られたのはまた別の場所を探す目的で、...

三浦俊彦『論理学入門 推論のセンスとテクニックのために』

論理というのは不思議だ。たとえば数学の証明問題でいうと、情報はすべて最初に与えられていて、途中で、実はAはBの父親だったということが明らかになったりは決してしない。それをいくつかの自明な推論規則、たとえば「PならばQ」と「Pである」から「Qである」を導き出すようなことをくりかえす...

リチャード・ブローティガン(青木日出夫訳)『愛のゆくえ』

わざと内容を想像させないようにしたかのような邦題がついているけど、原題は「The Abortion: An Historical Romance 1966」、Abortion つまり妊娠中絶なんていう生々しいタイトル。でも中身は、なんといっていいかわからないような、とらえどころのない物語だ。『西瓜糖の日々』同様静けさに包まれているけれど、...

アガサ・クリスティー(中村能三訳)『カーテン ―ポアロ最後の事件―』

誰もがおもしろいと思うように、ぼくもまたアガサ・クリスティーの作品は大好きなのだけど、手に取るのはほんとうに久しぶりだ。クリスティーの世界に耽溺している時期には、愛着をもっている探偵の最後の姿をみたくなかったが、もうすっかり遠ざかってしまった今だからこそ、読むことができる本だ。 ポ...

小田中直樹『歴史学って何だ?』

少子高齢化のおり、人文系の学問に対して、そんな役立たないもの学んでどうするのというような風当たりが強くなりつつある。本書はその標的のひとつといっていい歴史学について、存在意義を解き明かそうとしている。具体的には、ほんとうに史実を明らかにできるのか、そしてそれは社会の役にたつのかと...

舞城王太郎『熊の場所』

三編からなる短編集なのだが、なぜかそれぞれフォント、レイアウトが異なっている。 熊の場所 40×16行。ふとクラスメートのカバンの中に猫の尻尾を見つけてしまった「僕」。人は自分の恐怖の源泉に立ち戻らなくてはならない。それも早ければ早いほどいい。そうしないと、その場所は「熊の場所」にな...

リチャード・ブローティガン(藤本和子訳)『西瓜糖の日々』

その世界では曜日ごとにちがう色の日の光がさす。金曜は白、土曜は青、日曜は褐色、月曜は赤、火曜は黄金色、水曜は灰色、そして木曜は黒。黒い太陽が空にある間は音がまったく聞こえなくなる。西瓜もとれた曜日ごとに色がちがう。だから、西瓜からとれる西瓜糖には七つの色がある。 その世界では、西瓜...

永井均『ウィトゲンシュタイン入門』

ウィトゲンシュタインの入門書は二冊目。今回はウィトゲンシュタインの哲学そのものではなく永井均からみたウィトゲンシュタインというのが読みたくて手に取った。 独我論について多く扱われるなど確かに永井均らしさはでているものの、汲んでも汲んでも汲み尽くせないウィトゲンシュタインの思考を紹介...