読書ノート

高橋昌一郎『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』

ゲーデルといえば、「不完全性定理」。本書もその例にもれず、はじめに、アナロジーやパズルを使って、不完全性定理を解説している。だが、この部分は同じ講談社新書の野矢茂樹『無限論の教室』の方が深くつっこんでいてしかもわかりやすいと思う。 本書の主眼はそこにはなく、ゲーデルの波瀾万丈の人生...

内田樹『ためらいの倫理学 戦争・性・物語』

いつも大きな示唆をいただいている内田樹氏の著書をはじめて読んでみた。 長さや硬さの異なるさまざまな文章が収められているが、あとがきに書かれているとおり、「自分の正しさを雄弁に主張できる知性よりも、自分の愚かさを吟味できる知性のほうが、私は好きだ」というスタンスは共通している。つまり...

大澤真幸『文明の内なる衝突 テロ後の世界を考える』

以前から読みたいと思っていたのだが、どういうわけかどこの本屋でも見かけなかった。先日、新宿の紀伊国屋でようやく入手することができた。 9・11のテロに関する論考。資本主義がイスラムではなくキリスト教文明の中から生まれてきたことの必然性を説きつつも、今勃興しているイスラム原理主義は、...

大澤真幸『戦後の思想空間』

日本の戦後思想を題材にとった三回にわたる講演の内容をまとめた本。 歴史の年表を現代から60年過去にずらして重ね合わせてみると、いくつか重要な出来事が対応しているのがわかる。そう考えれば、今(1997年)は戦後ではなく、戦前である。戦後というスパンで思想を語る意味もそこにある。思想と...

G.ドゥルーズ(鈴木雅大訳)『スピノザ 実践の哲学』

共通一次試験などと書くと年がばれるけど、受験勉強の時倫理社会の教科書にでてきた思想家の名前で一番印象に残っているのはスピノザだ。何となく可愛らしい名前だからかもしれない。とはいえ、この本を読むまでは、スピノザってモナド論?というようにライプニッツと取り違えているようなありさまだっ...

仲正昌樹『「不自由」論―「何でも自己決定」の限界』

どうにも読みにくかった『バカの壁』の中で、印象に残ったのは、個性をのばすなどということより「共通了解」の方が大事という部分だったのだが、これはそのあたりをさらに哲学的につっこんだ本だ。 ゆとり教育の論理の中にあった「自由な主体」を批判するところからはじまる。つまり、生徒が自ら学び、...

小川洋子『妊娠カレンダー』

小川洋子の書く世界がわかってきた。文章に「ひそやか」、「ひそめる」などやたら「ひそ」が多い。そのせいか「ひそひそ」とつぶやくような文体だ。『妊娠小説』は妊娠している姉、やおなかの中の子供に対する悪意の小説だということになっているけど、それもまたひそやかなものだ。試しに、文中の悪意...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『祈りの海』

最初に読んだ『しあわせの理由』ほどの衝撃は感じなかったが、粒ぞろいの短編集だ。技術の発達や極限的な状況でのアイデンティティの揺らぎがテーマになっている作品が多いのだが、その中で、ほとんどの場合主人公は倫理的な選択をするのだ。それがイーガンの作品で一番好きなところだ。 ★★★...

山口文憲『読ませる技術 書きたいことを書く前に』

いわゆるエッセイというものの書き方をレクチャーする本。「うまく書けそうもないことは書いてはいけない」とか「自分が書きたいことを書くな、人が読みたいことを書け」など耳の痛い話が多い。 ただ、リライトの例を見ると、実際に起きた出来事を改変したりしているのだが、それはありなのだろうか。い...

吉田修一『パレード』

最初トレンディードラマのノベライズかと思った。 千歳烏山の2LDKのマンションで共同生活する男2人(途中から1人加わって3人になる)、女2人のそれぞれの視点から物語が綴られてゆく連作短編的な構成をとっている。第一章の語り手「杉本良介(21歳)H大学経済学部3年」からは、その部屋に住...

町田康『きれぎれ』

日本語はもう死んだと思っていたけど、町田康の言葉はいつもぴちぴちぷちぷちと生きがよくて小気味いい。 中編二本が収録されている。表題作の『きれぎれ』と『人生の聖』。これまで読んだ作品は、基本的にだめ人間のさらなる没落の軌跡という一応ストーリーの流れがあって、その中に突拍子もない幻想が...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『しあわせの理由』

1961年オーストラリア生まれのSF作家グレッグ・イーガンの日本独自編集の短編集。翻訳は、こういうSF作品によくあるいまひとつな翻訳のような気がするけど、作品のセレクトはすばらしい。 SFという言葉のScience Fictionのほかのもうひとつの意味、Speculative Fan...

大塚英志『木島日記 乞丐相』

『木島日記』のシリーズの第二弾。同名のコミックの方が先で、それをノベライズしたものだそうだ。まだ読んだないが『キャラクター小説の作り方』という文章を書いた人だけのことはあって、キャラクターの作り方がとてもうまい。二冊目になってさらに登場人物のキャラがたってきた。一種シチュエーショ...

小川洋子『密やかな結晶』

小川洋子は初読。主人公の女性のメンタリティを反映しているのかもしれないが、淡々としたはかなげな文体だ。 ひとつひとつ、ものが消滅してゆく島が舞台。「消滅」というのは物理的になくなるのではなく、人が認識できなくなることを意味している。たとえば薔薇が失われるというのは、薔薇の花がもって...

ニコルソン・べーカー(岸本佐知子訳)『もしもし』

徹頭徹尾、日本でいうところのテレクラで知り合った男女の電話による会話からなる作品。当然、エロティックな話題が中心で、テレフォンセックスそのものもあるのだが、ニコルソン・ベーカーなので、しらけるような下品さはまったくない。アメリカの西海岸と東海岸という離れたところにいる二つの孤独な...

堀江敏幸『熊の敷石』

堀江敏幸初の文庫化。芥川賞を受賞した表題作のほか二編。 「私小説」というのは毀誉褒貶が激しい言葉なのであまり使いたくないのだが、堀江敏幸の作品をひとことでいえば「私小説」としかいいようがない。すべて一人称の「私」の視点で書かれているので、少なくとも「ぼく小説」や「オレ小説」でないの...

大塚英志『「おたく」の精神史 一九八○年代論』

大塚英志の書く文章は直感に頼りすぎて論理的な精緻さに欠けると、非論理的な直感で思っていたのだけど、本書を読んで、その直感の鋭さに驚かされた。1980年代(一部1990年代もとりあげられる)を近代の終わりととらえて、編集者、文筆家としてその時代を駆け抜けた自分自身の軌跡を自負を交え...

池澤夏樹『夏の朝の成層圏』

池澤夏樹の処女小説。だがその後の作品のエッセンスがすべてつまっている作品だ。『スティル・ライフ』にみられた人間社会から離れたいというデタッチメントへの志向に貫かれている。『マシアス・ギリの失脚』のように南太平洋の島々を舞台にしており、オカルティックな存在への言及もみられる。 誤って...

舞城王太郎『九十九十九』

辞書みたいに分厚い本はたいてい変な本で、それを電車の中で読む人間も間違いなく変な人だ。ぼくが例外でないように、もちろんこの本も例外ではない。 読む前は(清涼院流水が書くような)破天荒なミステリーだと思っていたが、すぐに猟奇でリアリティを保ってゆくタイプの不条理文学だと思い直し、次に...

殊能将之『ハサミ男』

これだけ熱中したミステリーは久しぶりだ。殊能将之という人はおそらく7割から8割くらいの力で物語を綴っている。残りの力は物語の流れを冷静に制御するのに使われているように思われるのだ。だからこそこれだけ完成された世界が描けているのだろう。たまに本来の10割の力がかいま見えるところがあ...