読書ノート

G.ガルシア=マルケス(鼓直、木村榮一訳)『エレンディラ』

ラジオから流れてきた朗読に耳を奪われた。ぬかるみでもがいている大きな翼のある老人を助ける。羽毛はすっかり抜け落ちて空を飛ぶことはできないようだった。きいたことのない言葉を話し、こちらの言うことも理解できない。その正体が天使なのか悪魔なのか翼のあるノルウェー人なのか判然としない。家...

チャールズ・ユウ(円城塔訳)『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』

円城塔が訳すんだからふつうのSFではあるまいと思ったとおり、全然ふつうじゃなかった。 作者チャールズ・ユウ自身が主人公。彼はタイムマシンの修理をして生計をたてている。タイムマシンの研究者だった父親は何年も前に失踪して行方不明、母親は介護施設で日曜日の夕食どきの一時間のループの中で暮...

G. ガルシア=マルケス(野谷文昭訳)『予告された殺人の記録』

薄いけど中身は特濃。実際にマルケスの若い頃故郷の小さな町で起きたある凄惨な殺人をベースに、ドキュメンタリータッチで関係者それぞれの視点から実際起きた出来事を克明に再現した小説。 事件そのものは下世話な理由から起きている。結婚式の夜、処女でなかったという理由で花婿バヤルド・サン・ロマ...

岸本佐知子編訳『変愛小説集』

「変」というか奇形的といったほうがいいような愛の形を描いた英語圏の短編を集めた短編集。IIを先に読んでおもしろかったので前巻も読まなくては思っているところで文庫化された。 収録作。 一本の木に偏執的な愛情を抱いてしまった人自身の物語であり、かつパートナーが一本の木に偏執的な愛を抱いて...

J. ケルアック(真崎義博訳)『地下街の人びと』

薄い本なのでつなぎに読むつもりがかなり時間がかかってしまった。ケルアックは麻薬をやりながら3日で書いたそうだから、読むのも意味不明なところを読み飛ばすくらいの気持ちでそれ以上のハイペースで読むべきだった。 ビートニクの拠点サンフランシスコを舞台に、ケルアック自身をモデルとする主人公...

円城塔『これはペンです』

何かどこかの手違いでここまで目を通してしまい、憤っている人がいたとするなら、その誤配を謝りたい。最初から自分宛の手紙ではないとわかっただろうと思うわけだが。その場合、できればこの手記を必要としていそうな人物へと転送していただければ幸いだ。 というわけで転送されてきた。 今まで読んだ円...

プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第一篇 スワン家の方へ』

いつか読もうと思っていて読めない本の代名詞みたいな作品だが、読もうと思えば読めるものだ。Kindleの電子書籍版にしたのはあとあと検索して読み返すことになるんじゃないかと思ったからだ。まだ第1篇だけだが、全7巻14冊を時間をかけて読了するつもりだ。 読む前の漠然とした印象で、主人公...

海猫沢めろん『左巻キ式ラストリゾート』

文化系トークラジオLIFEでおなじみの海猫沢めろんさんの2004年に書かれた処女作が文庫化されたということで手に取ろうとしたが、ちょうど品薄になったタイミングで大きな本屋を何件かまわったがどこにも置いてない。結局昼休みにオフィスの近くの中規模書店でみつけて、久しぶりに何かを探して...

四方田犬彦『モロッコ流謫』

夏になると遠くの知らない町にいくかわりに知らない町を舞台にした本を読みたくなる。アフリカ大陸の北端地中海に面したモロッコはそういう旅情のもっえいきどころとしてぴったりな国だ。著者の四方田犬彦さんの本を読むのは『月島物語』以来だ。東京下町の月島の長屋に定住する内容だったけど、あれも...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『闇の中の男』

年老いた男が閉ざされた部屋の中でもうひとつの世界の物語と向き合うという、前作『写字室の旅』と対になる内容。大きな違いは、自分の名前を含めて記憶をなくしてどこともわからぬ部屋に閉じ込められるという抽象的な設定だった前作とちがって、今回はリアルなこと。 主人公オーガスト・ブリルは72歳...

スピノザ( 吉田量彦訳 )『神学・政治論』

『神学・政治論』の70年ぶりにでた新訳。21世紀のスピノザ主義者を自認する(間違って名付け親を頼まれたらエチカという名前を提案しようと思っている)ぼくとしては読んでおかなくてはいけないと、使命感にかられて手をだす。訳者後書きに「直訳に置き換えてしまえば五分で済むところを、半日かけ...

酉島伝法『皆勤の徒』

はじめてお金を出して買ったKindle本。 暴走するナノマシーン、人格のデジタル化、サイバーパンク的仮想世界、さまざまな異形に進化した人類、知性をもつ惑星など最先端のSFのアイディアがてんこ盛りの上に、「塵機」、「兌換」、「形相」など用語が独特で初見では字面からぼんやりと想像するこ...

野矢茂樹(文)、植田真(絵)『ここにないもの〜新哲学対論』

エプシロンとミューの2人が、散歩したり食事をしたりしながら、哲学なテーマについて語り合う。エプシロンは日頃から哲学的なことを考えているいわば哲学オタクだが、ミューは天然キャラで時折エプシロンの虚をつくようなことをポロッと口に出したりする。2人の会話にほとんど哲学の専門用語は登場し...

J. D. サリンジャー(村上春樹訳)『フラニーとズーイ』

たまたま野崎孝訳版の『フラニーとゾーイー』を読んだのはけっこう最近だった。まだ記憶が新しいうちに再び読むことができたのはこの小説に関してはとても良いことだったと思う。一度目手探りで物語の世界を這い進んだときと比べて今回はどこにになにがあるかほぼ勝手がわかっていたので、迷いなくかつ...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『鍵のかかった部屋』

『写字室の旅』に触発されて再読。『ガラスの街』と『幽霊たち』とともに、ニューヨーク三部作を構成する作品。三部作といってもストーリーはまったく関連していない。ミステリー仕立ての構成が共通しているのと、舞台がニューヨークであること、そして『ガラスの街』の至要な登場人物が本書にも端役と...

村上春樹『女のいない男たち』

タイトルから、とうとう村上春樹が非モテを主人公にした小説書くのかと思ったがちがった。基本モテだが、女性にさられてしまった男たちの物語だった。まず、巻頭に村上春樹にかつてない「まえがき」がついていて、この短編集の成立過程を「業務報告」的にさらりと書いてあって、これまでと違う感じを受...

ポール・オースター(柴田元幸訳)『写字室の旅』

ポール・オースター、柴田元幸のコンビは翻訳という感じがしない。もとから日本語で書かれたみたいにすいすい読み進めてしまう。 老人がひとり部屋の中で深い物思いにふけっている。彼は自分がなぜそこにいるのか覚えていない。自分が何者なのか、名前すら思い出せない。何人かの人々が彼を訪ねてくる。...

戸田山和久『哲学入門』

タイトルから、古今東西で培われてきた哲学という壮大な分野全体への入門書と勘違いされそうだが、ある意味本書で扱うのはそのほんのごく一部、しかもかなり端の方とみなされてきた部分だ。自然科学が発達した現代、哲学が扱う領域やスタイルも変わってしかるべきじゃないかという筆者の問題提起、つり...

ブッツァーティ(脇功訳)『タタール人の砂漠』

数年前に読んだ短編集から久方ぶり、二冊目のブッツァーティ。 なんとなく幻想的な不条理系の話なのかと思っていたが不思議なことは何もおきない。 士官学校を卒業したばかりで将来の可能性と希望でいっぱいの青年ドローゴは国境にある砦に赴任することになる。急峻な山に囲まれ国境の北側には不毛の砂漠...

池内紀編訳『ウィーン世紀末文学選』

世紀末といってもいささか広くて1890年代から1930年代のナチスドイツによるオーストリア併合までに書かれた作品を扱っている。どれもウィーンに本拠をおいて活躍した小説家の作品ばかり16編。オーストリア併合まで生き延びた人はほとんど亡命しているのが興味深い。 オーストリアというのは奇...