シス・カンパニー『三人姉妹』

三人姉妹

チェーホフの戯曲の中でも三人姉妹はとりわけなじみ深い作品だ。とにかく上演機会が多いし、登場人物が魅力的だったり、ストーリーに明暗の陰影がわかりやすくきいてるので、印象に強く残る。ぼくも原作を読んでいることもあって強い既視感があったのだが、実際舞台でみたのは2002年の岩松了演出版と2008年の地点版の2回で、後者はかなりデフォルメされている演出だった。今回観てみて細部をほとんど忘れていることに驚かされた。忘却万歳!

劇中何度も出てくる、わたしたちは今こんなに苦しい生活を送っているけどそれは数百年後の人々の幸福のためなんだというセリフは、これまでは素で感動していたのだが、演出の意図なのか施錠の変化のせいなのか、今回とても空虚に感じられた。実際ロシアがその後たどった道筋を考えると少なくとも短期的には混乱の方向で、チェーホフもそれを肌身で感じていただろう。宗教的救済にリアリティがなくなった近代における天国の代替物としての「未来」をアンビバレントに描いたセリフに思えてきた。

三人姉妹は三人三様に素晴らしかったが、今回は脇の人物に注目してみた。まず次女マーシャの夫クルイギン。優しいけど、卑屈で凡庸な俗物の役だが、今回山崎一さんが演じたこともあってその優しさの面が強調されていた気がする。実際三姉妹で一番幸福なのはマーシャではないだろうか。段田安則演じた退役間近の軍医チェプトゥイキンは完全な脇だけど、味わいのある役だ。ことあるごとに人生にはなんの意味もない的なことをいって毒づくんだけど、最後にアンドレイに有用な忠告をする。でもアンドレイがその忠告をきくことはないだろう。そのアンドレイ(赤堀雅秋)は三人姉妹の兄弟。かつて三人姉妹の希望の星でありながら彼女たちを不幸に陥れた張本人。不幸な結婚をするがそれを認めようとせず正当化しようとする。三女イリーナに恋するトゥーゼンバフ男爵(近藤公園)は悲劇的だ。イリーナから結婚の承諾を勝ち得たが、あなたを愛することはできないといわれてしまう。決闘で命を落とすが実は形をかえた自殺だった気がする。

そしてアンドレイの妻ナターシャだ。神野美鈴さんが演じていたがほんとうに憎らしく感じて熱演だったと思う(フランス語の発音がとても滑らかだった)。この劇の中で唯一幸福になった人物で三姉妹が大切に思っていたもの一切合切奪って破壊してしまう。希望までも。その動機は三姉妹の高慢さに対するルサンチマンだ。ナターシャの視点からこの劇全体をみてみるとおもしろい気がする。今日本でこういう人物いるなと思ったら安倍晋三、というより日本中を跋扈する安倍晋三的な人たちだ。ナターシャは安倍晋三だ。

作:アントン・チェーホフ、上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ/シアターコクーン/A席7500円/2015-02-21 18:30/★★★

出演:余貴美子、宮沢りえ、蒼井優、山崎一、神野美鈴、今井朋彦、近藤公園、遠山俊也、猪股三四郎、塚本幸男、福井裕子、赤堀雅秋、段田安則、堤真一