五色不動

Q

山手線の目黒駅と目白駅のもとになったのは、目黒不動と目白不動だという話をききました。これ以外に目赤不動や目青不動や目黄不動があるそうですが、それぞれどこにあるのでしょう?

A

江戸五色不動巡りというWWWページによると、徳川家光が江戸府内の不動尊のうちいくつかを指定して、目黒、目白、目青、目赤、目黄と名づけたとのことです。なお、青、赤、黄、白、黒という色は五行思想でそれぞれ木、火、土、金、水という元素に対応しているそうです(をゐなりさんからの情報)。

目黒不動(滝泉寺)は、東急目蒲線の不動前駅から徒歩十分くらいのところ(目黒区下目黒3)にあります。駅名になっているくらいの非常に有名な寺院です。目白不動(金乗院)は都電荒川線の学習院下から程近い、豊島区高田2にあります。

目赤不動(南国寺)は地下鉄南北線本駒込駅前(文京区本駒込1)、目青不動(教学院)は三軒茶屋駅前(世田谷区太子堂4)にあります。目黄不動は二箇所あり、永久寺は日比谷線の三ノ輪駅前(台東区三ノ輪2)、最勝寺は平井の荒川河畔(江戸川区平井1)にあるそうです。

最勝寺のある平井は江戸というにはかなり無理のある場所です。調べてないので確かなことはいえませんが、もともと江戸府内にあったのがこちらに移転したか、廃寺になったほかの寺院の本尊をうけついだかどちかだと思います。

さて、こうしてみると最勝寺以外の寺は今でも非常に交通至便な場所に位置しているのがわかると思います。にぎやかな場所にある寺が指定されたというよりも、これらの寺の人気のおかげで周囲に町屋が発達して、それが今も続いているのでしょうね。

(とはいうものの「谷中・根津・千駄木其の六十二」によると、各不動様のうちいくつかは本来の場所から移転して今の場所にあるようです。たとえば、目黄不動の一つ、今は平井にある最勝寺は元は隅田川東岸の東駒形でした。この寺が江戸の府外にあたる平井に移ってしまったので、三ノ輪の永久寺が追加されたかもしれないと書いてありました。目青不動の教学院ももとは南青山にあったそうです。目白不動も関口台にあったということなので、今より少し西にあったということになります。)

ところで、目黒の地名の由来には目黒不動のほかにもいくつか説があります。朝日文庫の『東京地名考』によると、「その昔、牧場を管理する者が畔道を通って馬を見回り、その畔道の中を自分の縄張りにしていた」ことから馬畔(めぐろ)と名前が生じたという説や、「め」はくぼ地、谷を意味し、「くろ」は嶺を意味するという説、優れた黒馬がたくさんいたため、馬黒(めぐろ)と呼ばれたという説があるようです。目白の方も白い馬からつけられたという説があるようですが、こちらはほぼ目白不動で決まりのようです。