荻上チキ『ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性』

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書 683)

Net News全盛の昔から、「炎上」というものには目がなかった。あっちのニュースグループが燃え上がっていれば行ってにやにや笑い、こっちでぼやがあがっていればおもしろいからもっとやれと心の中であおっていた。その当時は、「炎上」といっても穏やかなもので、燃え立たせているのは多くても数人で、たいていの場合は正当な理由があって燃えていたが、最近は「炎上」の規模も大きくなっているし、理不尽な場合も増えている(それは笑えない)。昔のネットは研究者を中心とした会員制クラブだったが、今は誰もが参加する。だから、社会で起きる理不尽なことはそのままネットの中でも起きるのだろう。本書でも紹介されているが、個人的に一番衝撃を受けたのはイラク人質事件で、無根拠なデマが増殖する状態をみて、ぼくのネットを見る目は180°とはいわないが、90°くらい変わった。

本書では、比較的最近の「炎上」の実例を紹介しながら、「炎上」がなぜ生まれるのか、その現象をネットの外を含めた社会という枠組みの中でどう考えればいいのかということを解説している。

キーワードはサイバーカスケードだ。

マーケティングの分野では「Web2.0」といってインターネットの経済的な可能性が強調されているが、インターネットは良くも悪くも一種の「怪物」であって、その負の側面にも目を向けなくてはいけない。そのひとつがサイバーカスケードであり、人々は自分が見たい情報だけを選択的に見ることにより、より極端な立場に集約され分極化されてゆく。そこでは、根拠があるかないかでなく、リアルに感じられるかどうかが真偽の判断基準になっているので、無根拠なデマが広範囲に広がり、そのことがまたリアリティを高めていく。また、いったんある立場がフレームアップされると、それに対抗しようとしても、Aか非Aかという土俵の中で戦わざるを得ず、その争点から逃れられなくなってしまう。

こういう現象に対抗するすべをもたなくてはないけなくて、とりあえずの手段が個々人のリテラシーの向上だ。本書の目的のひとつもそこにある。

全体を通すとまとまりに欠けるところはあるが、事例紹介は楽しく読めるし、このことについて考えるにあたっての基本的なボキャブラリは身につく。