サンプル『ゲヘナにて』

サンプル『ゲヘナにて』

作・演出:松井周/三鷹市芸術文化センター星のホール/自由席3000円/2011-07-02 19:00/★

出演:古舘寛治、奥田洋平、羽場睦子、古屋隆太、辻美奈子、渡辺香奈、野津あおい、岩瀬亮

松井周の岸田戯曲賞受賞後第一作。松井周の描く世界はいつもどちらかといえば分裂的だが、今回は特にその傾向が強くて、中心となる登場人物や物語がない。

公演予定のページから引用すると、「自分を太宰治の生まれ変わりだと信じている男がいる。男は無理心中で一人だけ死なせてしまった恋人、母、妻の渾然一体となった「女神」の復活が近いことを周囲に訴えて旅に出る。男は、友人の幸福な家庭で、ゴミ捨て場で、墓場で、人や物や死体に話しかけながら「女神」のしるしを目の当たりにする。 しかし、誰も男の言うことを信じてはいない。やがて、男はしるしに導かれるようにゲヘナ(地獄)に到着する。」

この内容は、サンプルだけに、サンプリングされ、骨格しか残っていない。自称「太宰治」は立体性を欠いたキャラクターになっていて狂言回し的にうろうろするだけだし、途中で太宰であることをやめてしまう。「女神」は抽象的な言葉にすぎなくて、それが何かはほとんど説明されない。「ゲヘナ」にはおそらく最初からたどりついていて、乱雑に散らかされた急峻な斜面の舞台がたぶんそうだ。このゲヘナには、自称太宰のほか、彼の不倫相手の主婦とその夫、彼を「先生」と呼んで帰依する若い男透、透の母、透の元彼女でタクシードライバーのつくし、つくしの現彼氏にしてダンサー志望の虹男、そして自称太宰の妻となる画家よし子が登場して、互いにあまり関係のないそれぞれの小さな物語を生きている。

悔しいけど、今回はうまくこの世界の中に入り込むことができなかった。席の関係で聞き取りにくい台詞(特にトランシーバー越しの台詞)があったことも大きかったかもしれない。太宰の本をほとんど読んだことがないというのも、影響していたのだろうか。よくわからない。

終演後のアフタートークで、映画監督の古澤健さんが非常に明晰にこの作品の魅力について語っていて、なるほどと思った。一点、ラストの虹男のダンスというか自慰というかのシーンをあいまいな終わり方だというようなことをいっていたが、サンプルにしては、ドラマチックではっきりしたエンディングだったと個人的には感じた。