読書ノート

ケリー・リンク(柴田元幸訳)『マジック・フォー・ビギナーズ』

妖精、ゾンビ、ホーンティドハウス、魔女、死者の霊、剣と魔法、エイリアンという昔ながらのB級ホラー、SFおなじみの道具立てが、インターネット、コンビニ、カルト的な人気を博す連続テレビドラマなどがある現代的な設定とまじりあって。今まで読んだことのない奇妙なファンタジーをつくりあげてい...

円城塔『後藤さんのこと』

世の中に自分がわからないことがあるのを認めたくない質だ。もちろん、わからないものの方が圧倒的多数ではあるわけだが、ちゃんと時間をかけてがんばれば片鱗くらいはつかめるんだぞというポジションを確保しておきたい。もちろん、それはいつでも可能というわけじゃなく、頭がちゃんと働いている時間...

R. A. ラファティ(浅倉久志訳)『九百人のお祖母さん』

奇才と名高いラファティの短編集を今更ながら読む。表題作を含む最初の数編を読んでいるときは、確かにアイディアは突飛だし、知的ギミックにもあふれているけど。結局ただの通俗的なSFなんじゃないか思ったが、読み進めるうちに評価が一変した。ルイス・キャロルばりのナンセンスなユーモアに深い思...

円城塔『オブ・ザ・ベースボール』

ファウルズという町ではほぼ年に一度人が空から落ちてくる。主人公は彼らを救出するためのレスキュー隊員のひとりで、どういうわけか支給されているユニフォームを身につけ、バットをもち、日々訓練にはげんでいる。といっても高速で落ちてくる人にバット一本で何ができるわけでもなく、今まで救出でき...

岸本佐知子編訳『居心地の悪い部屋』

「読み終わったあと見知らぬ場所に放り出されて途方に暮れるような、何だか落ちつかない、居心地の悪い気分にさせられるような、そんな小説」ばかり1ダース集めたアンソロジー。確かに居心地は悪いけど、読み心地は絶品で、すらすらとページをめくり、あっという間に読み終えてしまった。 友達の部屋で...

アントニオ・タブッキ(和田忠彦訳)『時は老いをいそぐ』

3月の末に惜しまれつつ他界したイタリアの小説家アントニオ・タブッキの日本における最新の作品集。 収録されている短編はちょうど9つだし、タブッキ版ナイン・ストーリーズといったところか。『雲』という作品なんかは、戦場で傷ついた兵士が避暑地の海岸で小さな女の子と話すというシチュエーション...

カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『わたしを離さないで』

エナメル質が削り取られて神経がむき出しになった虫歯のように、身も蓋もなく悲しい喪失の物語。 物語の核心にある謎というわけでは全然ないので、決してネタバレにはならないと思うのだが、この作品について触れる人は、物語の状況設定を書かないことが不文律のようになっているようなので、ぼくもその...

パウロ・バチカルビ(田中一江、金子浩訳)『ねじまき少女』

何となく手を出しそびれていたのはタイトルや帯の惹句から、一種のラノベなんじゃないかと思ったからだ。そんなことは全然なく、技術や人類の未来についてとても深く考えさせる硬質な物語だった。 舞台はおそらく今から100年後くらいのタイ。石油の枯渇、温暖化による水位の上昇、遺伝子操作による疫...

サリンジャー(野崎孝訳)『フラニーとゾーイ』

電車で前の席に座った男性がカバーもせずに読んでいるのをみて、それじゃぼくも読んでみるかと、渡されてもいないリレーのバトンを受け取ったのだった。 まさかこういう話だとはまったく予想してなかった。かろうじて兄と妹の物語だということは知っていたけど、兄がフラニーで妹がゾーイーだと思ってい...

パオロ・バチカルビ(中原尚哉、金子浩訳)『第六ポンプ』

これだけ夢中になった SF(いやSF以外も含めて)短編集は久しぶり。次の作品を読むのが楽しみでしかたなかった。 どの作品もほぼ近未来のディストピア的世界が舞台になっている。炭素エネルギーが枯渇し。遺伝子改良された動物や植物が跋扈し、ネジがエネルギーの蓄積手段として復活をとげ、貧富の差...

ブラックウッド『秘書綺譚 ブラックウッド幻想怪奇傑作集』

幽霊や妖精がでてくる怪奇物の短編集。オールドファッションなのはわかっていたが、だからこそ何か新しい発見があるんじゃないかと手に取った。 一番おもしろかったのは、表題作の『秘書綺譚』かな。幽霊が出てこないので、相手が生身の人間たち(でも幽霊より不気味)なのがかえって新鮮だった。怪異の...

チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』

主人公の警官がある身元不明の女性の殺人事件を捜査する物語で、そこの部分はとてもよくできた典型的なミステリー。特徴的なのは、物語の舞台だ。 時代はほぼ現代、2010年近辺。登場するテクノロジーももちろん現代のものだ。東欧、バルカン半島にある小国、いや正確には舞台になるのは二つの都市国...

佐々木敦『未知との遭遇 — 無限のセカイと有限のワタシ』

映画、音楽、文学、そして最近は演劇分野など多方面でエッジの立った批評活動をしている佐々木敦さんが書いた、ちょっと不思議な「自己啓発」本。筆者自身が体現している、結果をおそれずに積極的に様々な未知なものに遭遇する生き方をオルグしている。ただその説得の仕方がとてもユニークで、著者も認...

ジャネット・ウィンターソン(岸本佐知子訳)『オレンジだけが果物じゃない』

作者の半生をなぞったかのような自伝的小説。帯には半自伝的と書いてあったけど、自伝的成分は4分の3くらいはあるんじゃないか。 養女として預けられた父母。特に母親が、カルト的なキリスト教の分派を信仰していて、彼女も幼い頃から宗教的な教育を施され、説教師になることを嘱望されるが、女性であ...

小澤征爾×村上春樹『小澤征爾さんと、音楽について話をする』

小澤征爾はまぎれもない音楽のプロフェッショナルで、その語るエピソードは、有名な指揮者や演奏家に関するものにせよ、音楽のなりたちに関するものにせよ、興味深いものばかりだった。驚くのは、少なくとも音楽の演奏に関してはずぶの素人であるはずの村上春樹が、小澤征爾の話の先回りをしたり、小澤...

山野浩一『鳥はいまどこを飛ぶか』、『殺人者の空』

山野浩一の傑作短編集二編。『鳥はいまどこを飛ぶか』のほうをジャケ買いして、日本にこんな独自の世界を築き上げた小説家がいるのかと驚き、読み終わらないうちに『殺人者の空』を入手した。 1939年生まれ、小説家としては主に1960年代末から80年代初めにかけて活動した。それ以降は競馬評論...

バルザック(宮下志朗訳)『グランド・ブルテーシュ奇譚』

きっかけは、架空の人物のフルネームがタイトルになっている文学作品をさがそうと思ったことだった。古今東西の小説家をひとりひとり思い浮かべるうちに、バルザックなら絶対にフルネームタイトル作品があるはずだと思って、調べてみたら、予想通り。でも、ちょっと待て。いままで、そのバルザックの作...

速水健朗『ラーメンと愛国』

ニッチでマイナーな食べ物だった戦前の「南京そば」、「支那そば」がいかに国民食ともいわれるようになってきたかを、戦後日本の歴史と共にたどっていく。ラーメンそのものではなく、ラーメンと日本社会のかかわりに重点を置いた本だ。 第1章。戦後食糧難の時代、アメリカの余剰穀物の販売先とされた日...

グレッグ・イーガン(山岸真編・訳)『プランク・ダイヴ』

これまでイーガンを読み継いできた読者からすると、決してあたらしいアイディアが書かれているわけではない。高速なコンピュータ上で進化をシミュレートして生み出される知的存在。脳をクローンに移植して得られる永遠の生命と、自分とは何かという問。異なる数学的原理に支配される、隣接する二つの世...

『われらの時代・男だけの世界 --ヘミングウェイ全短編1--』(高見浩訳)

ヘミングウェイというとマッチョなイメージが強いけど、初期に書かれたこの短編集に収められた作品、中でも自伝的な色彩の強いものを読むと、内省的な文学青年としての側面を強く感じる。この短編集でも、戦争、闘牛、ボクシングなど血なまぐさいテーマの作品が多いけど、むしろそういう弱々しいところ...