読書ノート

永井均『道徳は復讐である -- ニーチェのルサンチマンの哲学』

永井均のニーチェに関する本を読むのは『これがニーチェだ』に続いて二冊目、内容的には目新しいところはそれほどなく、パフォーマティブな変奏曲集という感じだ。 何度目の当たりにしても、現在公認されている倫理や道徳というものが、ルサンチマン[現実の行為によって反撃することが不可能なとき、想...

コーマック・マッカーシー(黒原敏行訳)『ザ・ロード』

久しぶりに心がうちふるえる読書体験だった。 世界の終わりを描いた文学作品は数多くあれど、これはその中でも究極的に苛酷な状況。 おそらく核戦争で地球が焼き尽くされてから何年かが経過したあとの世界。核の冬により気温が急激に下がり、動植物はほぼ絶滅している。ごく少数の生き残った人間たちは、...

丹治春信『クワイン -- ホーリズムの哲学』

日本では、アクロバティックな言葉のパフォーマンスをくりひろげる、フランスを中心とした大陸系の現代哲学ばかりが紹介されてきたけど、それとは別に、英米ではもっと地道に、言語や論理についての研究が進められてきた。分析哲学あるいは言語哲学と呼ばれる分野だ。 もともと数学や論理学が好きだった...

カフカ(池内紀訳)『失踪者』

従来、『アメリカ』という名前で知られていて、ぼくもそのタイトルで読んだことあるのだが、この間ナイロン100℃の『世田谷カフカ』という舞台でこの作品のストーリーがなぞられているのをみて、そのあまりのめくるめく不条理感覚と、それを自分がほとんど忘れていること両方に驚いた。 まずタイトル...

高原基彰『現代日本の転機―「自由」と「安定」のジレンマ 』

長引く不況からなかなか回復できず、さまざまな問題が山積する現代日本社会。そうなった経緯や背景が共有されないまま、ぞれぞれの立場に応じた被害者意識ばかりが増長し、一部には何の根拠もない陰謀論や妄想がまかり通っている。本書は、ここ数十年の歴史を振り返ることで、そんな現状を理解するため...

ティム・オブライエン(村上春樹訳)『世界のすべての七月』

村上春樹の創作の秘密を知りたいのなら、彼が翻訳した小説を読めばいいのかもしれない。人物描写とか会話、比喩などそこかしこに村上春樹らしさの断片がちりばめられていて、翻訳でなく村上春樹の作品を読んでいると錯覚する瞬間が何度かある。 1969年に大学を卒業した同級生たちが、2000年7月...

メルヴィル(八木敏雄訳)『白鯨』

日本語圏ではあまりそういうのはないけど、英語圏には読んでいて当然とされている本がいくつかあって、聖書を筆頭に、ギリシア・ローマ神話、シェークスピア……そしてこの『白鯨」もそのひとつだ。冒頭の「わたしを「イシュメール」と呼んでもらおう」という言葉は有名す...

カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『日の名残り』

長年ひとつの屋敷に勤め上げ老境にさしかかった執事ミスター・スティーブンスが、イングランド西部地方を自動車で一人旅する。彼の目に映るのは現在(1956年が舞台)の風景より、過去の思い出だ。最初、自らの高い職業意識と、かつての主人ダーリントン卿に対する尊敬の念が語られて、失われゆく時...

佐藤春夫『田園の憂鬱』

『美しき町・西班牙犬のいる家』を読んだ直後くらいに読もうと思っていたのだが、なかなか置いている本屋がなくて一年近くたってしまった。 作者の佐藤春夫自身とおぼしき神経衰弱気味の男が癒しをもとめて、東京近郊の農村に妻と犬猫ともども移り住むが、かえって状態が悪化して、妙な幻聴が聞こえたり...

アラン・ワイズマン(鬼澤忍訳)『人類が消えた世界』

人類が今突然あとかたもなく消え失せたら、地球はどう変化するのだろう?都市は速やかに崩壊し、地表はほとんど森に覆われる絶滅寸前の動植物も息をふきかえす。本書の冒頭で予言されるそんな情景を思い浮かべると、感傷と安堵がいりまじったような複雑な気分になってくる。 しかし、本書のトーンは人類...

佐々木敦『ニッポンの思想』

佐々木敦さんのことを知ったのは、TBSラジオで毎月一回深夜に放送されている文化系トークラジオ Lifeという番組がきっかけだった。サブパーソナリティーとして番組に出演していて、ラジカルで鋭い話しぶりにすごい人だと思っていたが、たまたまこれまで著書を読む機会がなかった。基本的に音楽、...

稲葉振一郎『社会学入門―"多元化する時代"をどう捉えるか』

社会学といえば、学生時代ほとんど出席せずに、試験で、タイムパラドックスが存在しないタイムトラヴェルの原理について書けとかいう問題に、解答を書いて、単位をもらったことをよく覚えているが、ちゃんと勉強しておけばよかったなと後悔しきりだ。 本書は、大学の一年生向きに社会学というのはどうい...

古川日出男『ルート350』

帯に「初の短編集」と書いてあって、そんなことないだろうと思ったが、そういわれてみればいわゆる短編小説は読んだことがないことに気がつく。というか、なんとなく、ぼくは古川日出男の小説をさんざん読んだ気がしているが、実はまだ数冊しか読んでないのだった。 ほとんどの作品の主人公が小学校高学...

入不二基義『相対主義の極北』

「真偽や善悪などは、それを捉える「枠組み」や「観点」などに応じて変わる相対的なものであり、唯一絶対の真理や正しさなどはない」という相対主義の考え方は、基本的には賛成なのだが、現実にはびこる相対主義は、単純な現状肯定だけならまだしも、差別、おぞましい悪習、虐殺を肯定する道具に使われ...

モンキービジネス 2009 Spring vol.5 対話号

70ページ以上にわたる村上春樹のインタビューが掲載されている(聞き手は古川日出男)。かなりフランクに話していて、村上春樹の創作の秘密というか、秘密なんて特にないということがよくわかる。 『風の歌を聴け」と『1973年のピンボール』はあまり気に入らなかった 肉体を健康に保つのは魂の不健...

村上春樹『1Q84』

日本語が母語でよかった。 上下巻でなくBOOK 1、BOOK 2 なのはひょっとして BOOK 3 がありうるということを示しているのではないかと思ったが、これは、小説の中で言及されるバッハの平均律クラヴィーアの構成を模倣しているためだった。平均律クラヴィーアは、24の前奏曲とフーガがメジャー、マイ...

コニー・ウィリス『犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』

文庫になる前、ハードカヴァーの本書をみつけて、読みたいとずっと思っていたのだが、消費税をいれるとほぼ3000円という価格に躊躇するうちに時間がたって、やがて、そろそろ文庫化されるんじゃないかという観測が首をもたげてきて、見送り続けてきたが、ここにきて文庫化されようやく根比べが終わ...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『さよなら、愛しい人』

村上春樹訳のチャンドラー第二弾。清水俊二訳は既読だが、気持ちいいくらいすかーんと忘れていた。 フィリップ・マーロウは、たまたまムース・マロイという巨漢が殺人をおかすところに遭遇する。彼は刑期を終えたばかりで昔の恋人ヴェルマを探していた。興味をもったマーロウは個人的にヴェルマのことを...

モンキー ビジネス 2008 Fall vol.3 サリンジャー号、2008 Fall vol.3.5 ナイン・ストーリーズ号

英米のコアな文学の潮流を紹介するとともに、日々それをヴィヴィッドな訳文にうつしかえている柴田元幸さんが責任編集をつとめる雑誌が発刊されたことにはすぐ気がついたものの、なかなかきっかけがなく、時間ばかり過ぎ去ってしまったが、サリンジャーときいて、ようやく手を伸ばした。伸びきるまでに...

フィッツジェラルド(永山篤一訳)『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』

映画は未見だが、ミーハー心を発揮して、原作だけでも読んでおくかと手に取ったのだった。 生まれたとき老人で徐々に若返ってゆく男を描いた表題作は、自分の経験したことしか小説にできないといわれ続けたフィッツジェラルドにしては、想像力に富んだシチュエーションだ。たぶん、逆向きの人生をたどっ...