読書ノート

クリストファー・プリースト(古沢嘉通訳)『奇術師』

プリーストのおかげで物語の中に入り込むように読む楽しさを再発見中。文庫で500ページ以上あるにもかかわらず一気に読んでしまった。 原題は “The Prestige”。Prestige は現代英語では名声とか威光という意味だけどもともとは奇術とか幻影という意味だった。本文中では「惑...

岸本佐知子編『変愛小説集 日本作家編』

文庫化されてた。でも、久々に電子版を買って読む。 変愛小説集も3冊目。これまでは海外小説の翻訳だったが、今回は日本作家の作品だ。既存の作品から選んだのではなく、編者の岸本佐知子さんが作家に依頼し、書き下ろしてもらうというおもしろい成り立ちだ。 作家の名前を列挙すると、川上弘美、多和田...

チャールズ・ブコウスキー(青野聰訳)『町でいちばんの美女』

『ありきたりの狂気の物語』と、もともとは一冊の本として出版されたものを、のちに、長すぎるだろうということで、分冊したもの。ときどき既視感ならぬ既読感におそわれたのも宜なるかな。 こちらは30編の作品が収録されている。やはりブコウスキー本人の体験がベースの虚構が薄い作品がメインだが、...

クリストファー・プリースト(安田均訳)『逆転世界』

成人したばかりの主人公ヘルワード・マンがギルドに入会する儀式のシーンからはじまる。儀式のなかで彼は秘密を決してギルドの外にもらさないことを誓わされる。ヘルワードは見習員としてさまざまなギルドの経験を積む。その仕事は多岐に渡るが、すべてはただひとつのこと、彼らが住む都市を南から北へ...

町田康『どつぼ超然』

久しぶりの紙の本、久しぶりの日本の作家の作品、久しぶりの町田康。 一応小説と呼んでいいのだろうが、虚構の厚みが薄い作品。田宮(たみや→たみあ、逆から読めば熱海)に移り住んだ主人公が浜辺や沖合いの孤島(初島)、近所の牧場で開かれたイベント、文豪が泊まった旅館の跡の見学など、固有名詞が...

クリストファー・プリースト(古沢嘉通訳)『夢幻諸島から』

舞台となる夢幻諸島(The Dream Archipelago)の位置条件は地球上のそれと矛盾するので、地球外の惑星なのかとも思うが、文花や文明の到達度は、インターネットやスマフォ隆盛の現代のわれわれと極めて近い。あり得べき異世界と考えればいいのかもしれない。 夢幻諸島のいろいろな島の地誌を紹...

フィリップ・K. ディック(山形浩生訳)『ティモシー・アーチャーの転生』

続けて三部作の完結編。でも、これまで二作の破綻含みののはちゃめちゃさからはほど遠い、まっとうな作品だった。まっとうといっても平凡とかではなく、とても質が高いのだ。神学論争や神秘体験などテーマに共通している部分はあるものの別物という印象が濃い。 タイトルにあるティモシー・アーチャーと...

ベン・H・ウィンタース(上野元美訳)『世界の終わりの七日間』

小惑星衝突による人類滅亡が間近にせまる世界を描いた三部作もいよいよ完結編。今回は衝突の一週間前から直前までが舞台だ。 前作でいったん衝突までの落ち着き場所を得た元刑事ヘンリー・パレスだが、本作では行方知れずの妹ニコを探す旅に出ている。最初割と平穏に物語は進行していくが、期待(?)を...

フィリップ・K・ディック(山形浩生訳)『聖なる侵入』

引き続いて三部作の第二作を読む。 前作『ヴァリス』が現代を舞台にしてSF要素が希薄だったのに対し、本作は形式的にはまちがいなくSFだ。辺境の惑星で自分のドームでひきこもり生活をしているハーブ・アッシャーに突然現地の山に住む神ヤーの声がきこえる。実はヤーは追放された地球の神で、ハーブ...

ベン・H・ウィンタース(上野元美訳)『カウントダウン・シティ』

小惑星衝突間近で混乱し急速に無政府化しつつあるアメリカで、ひとり事件解決に挑む刑事ヘンリー・パレスの活躍を描く三部作の第二作。 今回は衝突の3ヶ月前。パレスは警察から解雇されて一般市民になりそのときを待っている。早くもライフラインが失われようとする中、パレスはかつて自分と妹のベビー...

円城塔『エピローグ』

同時刊行された『プロローグ』と『エピローグ』、ふつうなら『プロローグ』を先に読むが、円城塔作品なら逆だろう、とこっちから読むことにした。 直前に読んでいたのがイーガン『シルトの梯子』なので人間がソフトウェア化された世界の話というのが共通していた。もうひとつ共通しているのが難解さだ。...

グレッグ・イーガン(山岸真訳)『シルトの梯子』

約2万年先の未来。最新の理論では1/6兆秒で崩壊するはずの構造から別の宇宙が誕生し、際限なく広がりわれわれの宇宙を侵食しはじめる……。 最近読んだイーガン作品は人類以外の異形の知的生命が主人公だったが、今回は未来のぼくたちホモサピエンスが主人公だ(後半、異形の生物もでてくる)。とい...

レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『水底の女』

春樹マーロウもこれにて完結。奇しくもぼくが最初に読んだチャンドラー作品だ。あとがきで訳者曰く、基礎構造に無理のあるチャンドラーらしくない作品ということだが、ぼくは、プロットが発散しない分集中できで、この作品がすごく好きだということを再確認した。『ロング・グッドバイ』の次に好きかも...

プルースト(高遠弘美訳)『失われた時を求めて 第二篇 花咲く乙女たちのかげに』

第一編を読んでから3年の月日が流れ去ってしまった。記憶に関する物語なのに記憶の風化は甚だしく、覚えていることといえばマドレーヌくらいだった。ふつうの作品だったら大まかなストーリーさえ把握すれば大丈夫なのだけど、『失われた時を求めて』の場合シーンや登場人物が有機的に絡み合っていて、...

唐木元『新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング』

一時期自分は文章を書けるのではないかと錯覚したこともあったのだが、間違いなくぼくは文章を書くのが苦手だ。 時間がかかるし、書いている間に意図がねじ曲がってしまう。ぼんやりとだが、文章の基礎を学び直す必要を感じていた。先日Twitterでこの本を知って、精神論じゃなくちゃんとメソッド...

チャールズ・ブコウスキー(青野聰訳)『ありきたりの狂気の物語』

34篇からなる掌編集。どの作品にも作者を思わせる人物が出てくる。ほとんど一人称だし、チャールズ・ブコウスキーと名乗る作品も多い(「ハンク」と呼ばれているのも彼の本名ヘンリー・チャールズ・ブコウスキーのヘンリーの愛称だ)。特に後半の作品にはエッセイといったほうがいいような作品もあっ...

フランソワ・ジュリアン(中島隆博、志野好伸訳)『道徳を基礎づける 孟子vs.カント、ルソー、ニーチェ』

「道徳」というと国家や共同体からおしつけられる硬直化した規範と思うのはぼくだけではないようで最近は「倫理」という言葉が好まれていてぼくもそっちをよく使う。でも、著者のジュリアンはその「倫理」という言葉を今流行のごまかし方といっている。翻るに、信号無視の常習犯のぼくではあるが、それ...

神原正明『『快楽の園』を読む ヒエロニムス・ボスの図像学』

9月に渋谷でベルギー奇想の系譜展という展覧会を見てきた。展示の中心の一つはヒエロニムス・ボスの作品で、もちろん今回来てなかったのだがプラド美術館にある大作『快楽の園』に対する興味をかきたてられたところにたまたま美術館の上の本屋で見かけたのが本書。 『快楽の園』は500年前に描かれた...

海野十三『深夜の市長』

芦辺拓さんによると、戦前二大都市奇想小説は先日読んだ『魔都』とこの『深夜の市長』ということなので読んでみた。 長編というには短くて長めの中編といったところか。深夜の散歩を愛好する主人公は偶然殺人事件を目撃してしまう。危ういところを深夜の市長と呼ばれる謎の人物に助けられ、奇妙な事件の...

ブルース・チャトウィン(芹沢真理子訳)『パタゴニア』

パタゴニアとは、日本からはちょうど地球の裏側、南米大陸の南端に位置する地域を指す。自然が過酷でとにかく風が強い。西の太平洋に面したチリ領は海岸近くまでアンデス山脈が迫り、フィヨルドが発達しところどころ氷河に覆われる気候で、大西洋に面したアルゼンチン領は空気が乾燥し、広大で不毛な平...